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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第115回
凄絶、江守徹の『リア王』

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文学座『リア王』(2015年1月9日、文学座アトリエにて)
作:シェイクスピア/訳:小田島雄志/演出:鵜山 仁/出演:江守徹ほか

 映画化でも知られるピーター・シェファーの戯曲『アマデウス』に、日本で最初に目をつけたのは、文学座の江守徹さんだった。ロンドンでの評判を聞き、すぐに関係者を通じて台本を取り寄せ、読んだ。「これはすごい芝居だ。ぜひ上演したい」。それには劇団の会議にかけなければならない。翻訳レジュメも必要だ。英語に堪能な江守さんは、すぐに翻訳にとりかかった。だが、その間に松竹が上演権を獲得してしまう。日本初演は文学座ではなく、松竹が手がけることになった(江守訳は、のちに劇書房から刊行された)

  その松竹から、モーツァルト役のオファーが江守さんに来た。この芝居の主役はサリエリだ。江守さんとしては、当然、サリエリを演じたかった。だが松竹は、サリエリ役に松本幸四郎をあてていた。悩みに悩んだ江守さんだが、そこはプロの俳優だ。引き受けて、軽妙洒脱にしてエキセントリックなアマデウスを見事に演じた(1982年日本初演)。

 その後、江守さんはカセットブック(オーディオドラマ)で、念願のサリエリを演じた。その美しい声と、見事な滑舌に、誰もが舌を巻いた。「死ね! アマデウス! 死んでくれ! 私の前から消えてくれ!」。さすがは日本最高のシェイクスピア俳優であり、研究家である。サリエリの執念と苦悩を壮絶に演じていた。セリフを聴いているだけで、涙が出てきた。もし、江守さんのサリエリで舞台が実現していたら、どんなに素晴らしかっただろう。

 その江守さんが脳梗塞で倒れたのは2007年のことだった。幸い軽度ですんだが、売り物の滑舌が衰えてしまった。どうしても、たどたどしい台詞回しになってしまう。自然と、仕事の内容も限られるようになった。

 それから8年、70歳の江守さんが、ついに、超重量級の芝居『リア王』に挑んだ。だが、やはりスムーズに口が回らない。前半は、正直、痛々しかった。だが、リアは、後半、いまでいう「認知症」になる。そこからが凄かった! 失礼を顧みずいえば、それは「見世物」だった。実際に脳梗塞で口が回りにくくなった老人が、そのままの役を演じているのだ。手が震え、足許も少々おぼつかない。まるで劇中のリア同様、自らを「見世物」にして、ひと前にさらしているかのようだった。なぜ、そこまでしなければならないのか。演技と現実が入り混じってきて、鳥肌が立ってきた。
 会場は、信濃町の文学座アトリエ。江守さんは、1972年、20代のときに、ここで『ハムレット』を演じ、演劇界にセンセーションを巻き起こした。チケットを求める列が信濃町駅前まで続いたとの伝説もある。今回の『リア王』は、それに次ぐ、第二のスタートのように感じた。病を得ても、人間はともに歩み、前進することができる。そんなことを教えられたような気がした。それこそ、サリエリの執念同様に。


富樫鉄火(昭和の香り漂う音楽ライター)
FMカオン、毎週(土)23時〜「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティもやってます。パソコンやスマホでも聴けます。1月の残りは、『サンダーバード』の作曲者、バリー・グレイ特集と、ノンストップ・ウインドミュージックです。

 

(2015.01.19)


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