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【コラム】

富樫鉄火のグル新
第106回
映画評/前代未聞の音楽映画『ミンヨン 倍音の法則』

ツィッターほど短くもなく、ブログほど個人的でもない、
同じような話題をグルグルめぐるけど、基本は最新の話題。グル新。

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『ミンヨン倍音の法則』
監督・脚本/佐々木昭一郎、
企画・プロデュース/はらだたけひで、製作/山上徹二郎
東京・神保町:岩波ホールで上映中

 かつて『四季・ユートピアノ』(1980)や、『川の流れはバイオリンの音』(1981)など、独自の映像詩ドラマで、世界中で賞を獲りまくった元NHKディレクター、佐々木昭一郎(1936〜)が、20年ぶりに映像作品を、それも初の劇場用映画を発表した。

 ソウルに住む女子大生のミンヨンは、東京で暮らした経験があり、日韓英の三ヶ国語を美しく話す。モーツァルトが大好きだ。ある時、通訳アルバイトで日本に来て、かつて祖母と仲のよかった日本人女性の生涯をたどることになる(それはどうやら彼女の夢らしいのだが)……無理やり書けば、そんなストーリーになろうか。出演者はすべて素人で、全編、演技とも呼べないような拙い動きとせりふ回しだ。だが、なぜか目が離せない。その理由は、ミンヨンのはにかんだような笑顔と、そして「音楽」だ。

 ミンヨンは、頻繁にカメラに向かって語りかけ、歌う。昔から佐々木作品は、「音楽」が事実上の主役だったが、今回は「吹奏楽映画」と呼んでもおかしくないほど、多くの場面に吹奏楽の響きがあふれる。演奏は、船橋市立船橋高校吹奏楽部である。佐々木監督が、テレビで同校吹奏楽部のマーチングの音を聴いて、「足りなかったのはこれだ」と直感し、起用したのだという。《紺碧の空》《艦船勤務》《箱根八里》《東京節》(ジョージア・マーチ)……。おそらく、上映時間2時間20分中、音楽が流れないのは数分ではないか。モーツァルト曲は、武藤英明指揮のチェコ・フィルなどの演奏が使用されているが(武藤本人も重要な役で登場する)、多くは吹奏楽だ。スタッフ・クレジットに、「音楽/金山徹、後藤浩明」とあるので、おそらくこのお二人が吹奏楽編曲などの監修を担当されたのだと思う。

 こんな「映画」を観たのは初めてで、いまでもよく整理できていないのだが、とにかく「前代未聞の音楽映画」としかいいようがない。かなり「観るひとを選ぶ」映画だが、少なくとも私は、スクリーンの中で、吹奏楽をバックにあれほど長々と、気持ちよさそうに歌うひとを、初めて観た。それが若い韓国人女性で、しかも、何か政治的なメッセージを訴えるわけでもなく、ただひたすら楽しそうで、気持ちよさそうなのだ。

 ミンヨンの顔は、いわゆる江戸美人である。昔の日本では、ああいう瓜実顔が美人だった。春信や歌麿の浮世絵、昭和初期の無声〜トーキー黎明期の映画でよく見る顔だ(十代の山田五十鈴や花井蘭子に通じる)。そんな「江戸美人」が(実は21世紀の韓国女性)、日本に来て、渋谷の交差点で、高校吹奏楽を伴奏に、「♪ラメちゃんたらギッチョンチョンで、パイのパイのパイ」(東京節)を歌う。これにどんな意味があるのか、佐々木監督は何が言いたかったのか、おそらく十人が十人、まったくちがう感慨を抱くと思う。これは、そういう映画である。
(敬称略)


富樫鉄火(昭和の香り漂う音楽ライター)
FMカオン、毎週(土)23時〜「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティもやってます。パソコンやスマホでも聴けます


(2014.10.17)


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