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吹奏楽ポップスの父 昭和大爆走!


第28回 兄・貞雄のその後

 この連載の最初のころ(第2回〜)、「天才シロフォン奏者」として大人気だった、兄・岩井貞雄のことを何回か話しました。
  今回は、その兄や家族のその後のことを話しておきたいと思います。


■父の死

 兄・貞雄が、子供時代から「天才シロフォン少年」として上海で大スターだった話は、何度もしましたね。当時、上海に存在した内外の軍楽隊、オーケストラとは、すべて共演しています。

  上海に来た内地の陸軍軍楽隊とも共演しました。当時の隊長は、有名な山口常光少佐。上海に来るたびに、よく家に寄ってくれたのを覚えています。父・貞麿も陸軍戸山学校に出入りしていたし、とにかく父は、戦前の上海の音楽界では「有名人」でしたからね。

 当時、陸軍だけでなく、海軍軍楽隊との合同バンドなども、よく上海へ来ていたんですよ。そのたびに、演奏曲目の中に、必ず、父の曲や、兄との共演がありました。
 たとえば、山口常光さんが昭和43年に刊行した私家版の『陸軍軍楽隊史』などを見ると、昭和16年6月21日に、上海居留民団の主催による「陸海軍軍楽大演奏会」なんてのが開かれている。その中に、軍楽隊員との木琴三重奏で、兄が≪ウィリアム・テル≫序曲を演奏しているし、木琴ソロ入りの≪ザンパ≫もやっている。ほかの日には、父の編曲による木琴独奏曲≪滝≫なんて曲もある。

  だけど、実は兄ができた楽器は、木琴だけじゃないんです。上海交響楽団でセカンド・ヴァイオリンを弾いていたこともあるし、ドラムセットも叩けたんです。当時、横浜〜ホノルル〜サンフランシスコの太平洋航路を結んでいた民間船「浅間丸」の専属バンドに参加していたこともあります。ドラムセットを担当して、船上でダンス・ミュージックを演奏していたみたいですね。器用な人だったんです。

 ちなみにこの「浅間丸」は、「太平洋の女王」と呼ばれた華々しい客船でしたが、その後、海軍に徴用され、終戦直前にフィリピン海域でアメリカ軍の攻撃で撃沈しています。もちろん、そのころ、もう兄は乗っていませんでしたけどね。

  僕が、大学受験のために一人だけ日本に戻ったのが昭和16年。その間、兄も含めた家族は、上海に残っていました。
 父が亡くなったのが昭和19年。61歳、肋膜炎が原因でした。

▲陸軍軍楽隊長・山口常光の指揮で演奏する、岩井貞雄

■終戦後の家族

 そのころ兄は、半年ほどでしたが、上海で現地召集されて、義勇軍に参加しています。これは終戦直前、本土決戦に備えて突如、法律で決まった民間部隊でしてね。正式には「国民義勇戦闘隊」といった。自分で武器を用意して参加する、かなり無茶な組織です。ただ、成立してすぐに終戦になっちゃったんで、実際に戦闘に参加した義勇軍は、なかったみたいです。

 上海の義勇軍は、イギリスで結成されていた「ホーム・ガード」(郷土防衛軍)を参考にしたものでね。よく上海の街中をそのホーム・ガードがパレードしていましたよ。

 昭和20年8月に終戦となって、そのころ僕は芸大生でしたが、学徒動員で千葉県館山近くの混成部隊で終戦を迎えた。

 外地にいた日本人は、みんな引き揚げでたいへんな苦労をしています。中には、中国で逮捕されたり、ゲリラに襲撃された人たちもいた。なにしろ、戦時中、日本人によってひどい目に合わされていた中国人が多かったからね。

 父を失ない、僕自身は日本にいたから、上海に残っていた家族は、兄と母、姉たちです。ただし、それほどの苦労はなかったようです。

 というのも、当時、ピアノ教師をしていた母は、蒋介石直系の、国民革命軍・湯恩伯将軍の家のピアノ教師をつとめていたんです。兄も、将軍宅の音楽家庭教師みたいな存在だった。だから終戦後、多くの日本人が苦労したにもかかわらず、湯恩伯将軍のおかげで、上海でそのまま安定した生活を送ることができたんです。

  そのせいか、母や兄たちが帰国したのはずいぶんあと、昭和23年の初めです。復員船で、舞鶴に着きました。兄が上海時代に使っていたシロフォン大小も、一緒だったか別便だったのか、無事に日本に戻ってきている。

 そのころ僕は、アーニー・パイル劇場でトランペットを吹いていました。中野の大和町に住んでましてね。中野で久しぶりに再開しました。上海で無事に暮らしていると聞いていたので、さほど心配はしていなかったのですが、やはり、ホッとしましたね。

 その後、兄は、日本国内で、シロフォン奏者として活躍しました。日本全国をまわっています。たぶん、昭和20年代、兄の演奏をコンサートやラジオで聴いた記憶のある人が、いまでもたくさんいると思いますよ。若き日の岩城宏之さんとも打楽器リサイタルで共演しています。岩城さんは芸大の打楽器出身ですからね。

▲帰国後、日本で大活躍した岩井貞雄

■朝比奈隆の指揮で

 指揮者の朝比奈隆さんとも親交がありました。実は朝比奈さんとは、上海時代に、すでに共演していたんです。兄が帰国した直後のあるコンサートのプログラムに、朝比奈さんがこう書いています。

 岩井貞雄君に寄す  朝比奈隆
  私が東京の学生時代、岩井貞雄君は当時珍しい、木琴を演奏する言わば天才少年で、お父さんの貞雄氏につれられてよくあちこちで演奏していた。それから久しく消息を知らなかったが、昭和18年、上海交響楽団を指揮するため現地に行った時、はからずもその楽団ただ一人の日本人音楽家として、白人楽員の中に打楽器に席を占めている立派に成人している岩井君に会った。
  交響楽の打楽器を研鑽するかたわら、昔のとおり木琴独奏者として活躍しているとのことだった。19年1月、召集令を受けて入隊する岩井君の最後の舞台では、ベートーヴェンの第三交響曲のティンパニーを受け持ってもらって私たちのお別れにした。それから5年の歳月が過ぎた。その岩井君が元気で帰ってきた。私たちは、老練・平岡養一に次いで、若い岩井君を持つようになったわけである。
  音楽に対しては、いつも真剣な愛情を持ちつづけてきた岩井君が、芸術家として極めて豊かな将来を持つであろうことは、一人私だけの期待ではあるまい。

  この朝比奈さんと僕が、後年、吹奏楽コンクールの審査員として関西方面で一緒になったのも、奇妙な縁です。しかし、これを読むと、兄は、シロフォンだけでなく、オーケストラでティンパニも叩いてたんですね。

 ここに出てくる「平岡養一」(1907〜81)とは、戦前に渡米し、アメリカで大人気となったシロフォン奏者です。戦後はニューヨーク・フィルとも共演し、アメリカ市民権を得て、日米両国を往復しながら、大活躍しました(平岡さんの使っていた木琴や楽譜は、現在、鍵盤打楽器奏者の通崎睦美さんに送られています)。弟の僕が言うのも変ですが、確かに兄は、あのままいけば、平岡さんを継ぐ、大奏者になっていたかもしれません。とにかくあちこちで、「第二の平岡」みたいに呼ばれていました。

  その後、兄は、ピアニストの兼松信子さんと結婚しました。1932年、第1回日本音楽コンクールのピアノ部門に入賞した人です。以後は、よく2人で組んでコンサートをやっていました。TBSラジオなんか、よく出演していましたね。

  そんな兄ですが、昭和29年、喘息の発作による心臓麻痺で急死しました。37歳でした。まだ子供もいなかった。

  結局、僕は兄と一緒のステージになることはありませんでした。
  葬式に、フランキー堺が来てくれたのを覚えています。

【次回、最終回】


 

【お知らせ】
※第29回は、9月30日(水)正午〜、掲載予定。
(毎月15日・30日=土日祝日の場合は、直前の平日=に掲載予定)

(BP編集部/富樫鉄火)

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その輝ける軌跡。巨匠、初の吹奏楽オリジナル作品集がついに登場!


『EVERGREEN 〜岩井直溥作品集〜』

岩井直溥&東京佼成ウインドオーケストラ

 日本音楽界の生き証人、岩井直溥の自作自演による吹奏楽オリジナル作品集。名アレンジャーとして名を馳せる氏の吹奏楽オリジナルといえば、70〜80年代にかけて綺羅星のごとく輝いたコンクール課題曲が有名だが、このアルバムではさらに自由曲として全国大会での演奏経験もあるオリジナル作品や、秘蔵の名曲も収録。岩井×TKWOのゴールデン・タッグによるこの記録は、日本吹奏楽にとって大いなる遺産となるであろう。

BPショップにて発売中 http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1548/

【収録曲】

編曲・作曲:岩井直溥(Naohiro Iwai) 【全曲】

1. シンコペーテッド・マーチ「明日に向かって」 【3:29】
   Syncopated March "Asuni-Mukatte"

2. ポップス・オーバーチュア「未来への展開」 【4:42】
   Pops Overture "Development toward the Future"

3. ポップス描写曲「メイン・ストリートで」 【5:01】 
   On Main Street

4. ポップス変奏曲「かぞえうた」 【5:09】 
   Pops Variation "Kazoeuta"

5. ポップ・コンサートマーチ「すてきな日々」 【4:24】 
   Pops March "Wonderful days"

6. Jump Up Kosei 21 【7:46】  

7. 詩曲「渚の詩」 【8:50】  

8. 響きかぎりなく 【7:02】 

9. あの水平線の彼方に 【11:38】

【ボーナストラック】

10.靴が鳴る/弘田龍太郎(arr.岩井直溥)

BPショップにて発売中 http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1548/
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■岩井直溥関連CD
■ニュー・サウンズ・スペシャル
■EVERGREEN〜岩井直溥作品集
■ベスト・ニュー・サウンズ・イン・ブラス100−ベスト吹奏楽II
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