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吹奏楽ポップスの父 昭和大爆走!


第17回 壮絶!東芝レコード時代(2)

 

 やがて世の中がTV時代になってくると、それに呼応するように、音楽もレコードで楽しむ時代になってきた。それまではラジオか、ナマの舞台でしか接することができなかった音楽に、好きなときに茶の間で、レコード・プレーヤーから流れるのを楽しめるようになったわけ。
 そして、東芝レコード専属となった僕の生活は、一挙に変わり始めた。


■一晩で7曲の譜面を!

 最初のうちは、歌謡ポップスの編曲・指揮が仕事のほとんどだった。
 それが、前回お話したミコ(弘田三枝子)が当たってから、突如、忙しくなり始めた。これも前回お話した森山加代子、スリー・ファンキーズをはじめ、もう、何でもかんでも、僕のところへ回ってくるようになった。

 あるとき、ブームになっていたフォークダンスのアルバムを作るという。しかも、もう明日録音しなきゃならないらしい。大慌てで、徹夜で7曲も、フォークダンスの譜面を作って、一睡もせずに翌日、スタジオで録音したことがあった。このときは、家族、写譜屋を総動員しての壮絶な作業だったなあ。

 すると今度は子供向けの「おはなし絵本」アルバムを作るという。台本はすでにあって、声優だか歌手が、朗読するんだが、そのBGMが必要だという。文化庁の芸術祭だか何だかの参加作品だとか。これもまた、ほとんど徹夜で、何曲も、童謡を編曲したり、子供向けのオリジナル曲を書いて録音した。

 歌手の人気が出てくると、当然、アルバムを作る。これが、既発のシングルを集めたベスト集ばかりじゃなくて、全曲新録音なんてザラだった。これもまた徹夜の連続で書いた。朝丘雪路のアルバムなんか、ものすごい勢いで作ったのを覚えてるよ。録音に行くと、彼女はなぜかアウフタクト(一音だけメロディが先に出る)が苦手でね。あれほど歌はうまいのに。不思議な癖だったなあ。なかなかOKテイクがとれない。ところが、あの艶っぽい声で「直ちゃ〜ん、ごめんなさ〜い」なんて言われると、こっちもヘタヘタとなっちゃう。

▲これは東芝専属になる前、大阪でのスナップ。
背後に映画『燃える幌馬車』の看板があるので、
1954〜55年ころと思われる(この映画は1952年製作、54年公開)
▲そろそろ東芝で多忙になり始めるころか。

■15分睡眠の連続

 とにかくそんな毎日で、世はレコード全盛時代。
 イッパイ呑みながら、「こんな曲やったら面白いだろうなあ」なんて一言いってしまったら、「よし、それOK」となって、もう翌日録音。「あの歌手に、この作曲家の曲を歌わせたらどうかなあ」と言えば、「それ、いいねえ」となって、すぐ録音。

  そんな調子だから、とにかく尋常な仕事量じゃなかったんだ。この超人的な仕事量をこなすには、当然、睡眠時間を削らなきゃならない。当時は、たった15分、スタジオの隅のソファで眠れたら「ああ、よく寝たなあ」と言ってたほどだった。よく、漫画家の手塚治虫さんが、そういう仕事ぶりだったという話を聞くけど、まさにそれと同じ。

 食事の時間も、まともになかった。仕方ないんで、栄養だけはつけなきゃと、生卵を買ってきて、5個ばかりナマで飲み干しては、また楽譜を書いた。後年、映画『ロッキー』で生卵を飲んでいるシーンを見たときは、「ああ、あのころの俺と同じだ」と、懐かしかったよ。

 しかし、いったい、いつ寝て、いつ食べていたのか。

 東芝レコード草創期のころは、数寄屋橋にある阪急デパートの上の大広間を借りて、社員全員でよくパーティを開いたもんだった。当時は、慶応出身のジャズ経験者が多かったから、社員でジャズバンドをつくって、演奏してね。後年のように、外部スタッフを使うなんて時代じゃなかったから、全部が社員でまかなわれていた。

 考えてみれば、いい時代だったね。
 それが、あっという間に、この超多忙ぶりだからねえ……。


■電車に乗れない……

 当時の記憶は譜面を書いている自分と、スタジオで指揮している自分しかないんだ。

 あれほどの仕事が何とかこなせたのは、テープレコーダーの定着のおかげでもあった。前回、ダイレクトカット録音の話をしたでしょう。それが、ようやくテープ時代になって、のんびりしたスタジオ録音の時代は終わりを告げた。耳コピーするのも、テープに録音して聴き取れば、好きな箇所を即座に繰り返し聴いて確認できるようになって、実にありがたかったもんだ。

 ところが、テープ時代になったおかげで、とにかく仕事のテンポが速くなって、短時間で大量の仕事をこなすのが当たり前のようになり始めた。最初は2チャンネルだったけど、すぐに8チャン、16チャンになった。

 そうなると、スタジオも、東芝の社内スタジオだけじゃ間に合わなくて、できたばかりのアバコ・スタジオ(早稲田)とか、銀座にあった飛行館スタジオ(もともと映画館だった)とか、あちこちを飛び回るようになった。

 そして、お決まりのように体調を崩し始める。外に出ても、なぜか電車に乗れないんだ。妙に不安な気持ちに襲われて、心臓がドキドキする。無理して乗っても、頭から血が引いていくような気がして、すぐに降りてしまう。持病のぜんそくも、ぶり返してきた。こりゃあ、尋常じゃない。

 さっそく医者へ行ったんだけど、ぜんそく以外は、どうもよくわからず、特に悪いところもなさそうだと言われた。

 そんなら大丈夫だろうと、また仕事に戻ると、同じような症状に襲われる。
 やはり、普通じゃない。そこで、東大病院に、当時できたばかりの心療内科ってのがあると聞いたんで行ってみた。そうしたら、要するに自律神経失調症だった。あまりの多忙と不健康な生活で、神経を病んでいたんだね。

 とりあえず薬をもらって、形ばかりの節制をしているうちに、まあ2年ほどで治ったけれど、あれはきつかったねえ。

 そんなある日、当時、東芝のディレクターの1人に、渋谷さんという人がいてね。確か、慶応のジャズ出身で、ピアノを弾く人だったと思う。

 このひとが、「吹奏楽でポップス・アルバムをつくるんで、編曲してくれ」と言ってきた。

 僕は、もともと吹奏楽から音楽キャリアを始めた人間だったから、拒否感はまったくない。ジャズバンド時代に、厚木の米軍第5空軍バンドと共演したこともあったし、芸大に時代には、いわゆる名曲マーチの演奏や録音もやっていた。そこで、気軽に引き受けた。

 演奏は、航空自衛隊の音楽隊だという。当時から、航空自衛隊はポップス系、陸上自衛隊はクラシック系が得意だといわれてたんだ。

 で、たてつづけに2枚のアルバムをつくった。

『BRASSBAND PLAYS BRASS ROCK』(ブラスバンド・プレイズ・ブラス・ロック)
『DYNAMIC MARCH IN BART BACHRACH』(ダイナミック・マーチ・イン・バート・バカラック)

 それまで、吹奏楽で海外最新ポップスを演奏したアルバムなんてなかった。もちろん「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」よりも前の話ですよ。この2枚のLPが、後年、日本の吹奏楽ポップスの歴史をつくる、そのきっかけになるとは、まさか予想もしなかった。もちろん、これをきっかけに、僕の人生が吹奏楽中心になるとも、思いもしなかった。すべては、この2枚のアルバムから始まるんです。

【つづく】


 

【お知らせ】
毎回、「岩井直溥自伝」を愛読いただき、ありがとうございます。
次回・第18回は、2月27日(金)掲載予定でしたが、
2月の日数が少ない関係で休載とし、3月13日(金)に掲載いたします。

(毎月15日・30日=土日祝日の場合は、直前の平日=に掲載予定)
(BP編集部/富樫鉄火)

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その輝ける軌跡。巨匠、初の吹奏楽オリジナル作品集がついに登場!


『EVERGREEN 〜岩井直溥作品集〜』

岩井直溥&東京佼成ウインドオーケストラ

 日本音楽界の生き証人、岩井直溥の自作自演による吹奏楽オリジナル作品集。名アレンジャーとして名を馳せる氏の吹奏楽オリジナルといえば、70〜80年代にかけて綺羅星のごとく輝いたコンクール課題曲が有名だが、このアルバムではさらに自由曲として全国大会での演奏経験もあるオリジナル作品や、秘蔵の名曲も収録。岩井×TKWOのゴールデン・タッグによるこの記録は、日本吹奏楽にとって大いなる遺産となるであろう。

BPショップにて発売中 http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1548/

【収録曲】

編曲・作曲:岩井直溥(Naohiro Iwai) 【全曲】

1. シンコペーテッド・マーチ「明日に向かって」 【3:29】
   Syncopated March "Asuni-Mukatte"

2. ポップス・オーバーチュア「未来への展開」 【4:42】
   Pops Overture "Development toward the Future"

3. ポップス描写曲「メイン・ストリートで」 【5:01】 
   On Main Street

4. ポップス変奏曲「かぞえうた」 【5:09】 
   Pops Variation "Kazoeuta"

5. ポップ・コンサートマーチ「すてきな日々」 【4:24】 
   Pops March "Wonderful days"

6. Jump Up Kosei 21 【7:46】  

7. 詩曲「渚の詩」 【8:50】  

8. 響きかぎりなく 【7:02】 

9. あの水平線の彼方に 【11:38】

【ボーナストラック】

10.靴が鳴る/弘田龍太郎(arr.岩井直溥)

BPショップにて発売中 http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1548/

(2008.12.15)>>


■岩井直溥関連CD
■ニュー・サウンズ・スペシャル
■EVERGREEN〜岩井直溥作品集
■ベスト・ニュー・サウンズ・イン・ブラス100−ベスト吹奏楽II
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