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吹奏楽ポップスの父 昭和大爆走!


第15回 シティ・スリッカーズの日々


  昭和28年に、ドラマーのフランキー堺にスカウトされ、アレンジャーとして彼のビッグ・バンド「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」に移籍しました。本流のジャズもやる一方、ショーの後半では冗談音楽をやる。時折、ちょっとした芝居仕立ての出し物も入れたりして、いわば、総合エンタテインメントみたいなバンドでしたね。当時、こういうコミック音楽は、あきれたボーイズとかミルク・ブラザーズのように、寄席で活躍する小バンドはありましが、本格的なジャズ・バンドでは、初めてでした。


■ギャグに命をかける!

 前回お話したように、フランキーの理想はスパイク・ジョーンズの冗談音楽。鍋を叩いたり、カウベルやクラクションを鳴らしたり、さまざまな擬音を入れながら、コミカルな音楽を演奏する。

 このバンドは、実に受けたねえ。まだテレビ放送がないころだったから、とにかくナマで見てもらうしかない。もう、日本全国まわりましたよ。日劇(現在の有楽町マリオンにあった超大型劇場)と契約して、月に何回か、定期公演を打っていましたし、関西や九州縦断ツアーなんかもやった。東北ツアーもやった。九州に行ったときは、事前に軽飛行機が「フランキー堺とシティ・スリッカーズ来たる!」なんてチラシを撒いたほどでした。

 コンサートは前半が本格的なジャズ。ときどき、フランキーのドラム・ソロを中心としたスペシャル曲もやりました。彼が、我の強い男だったけど、ドラムスはとにかくうまかった。
 で、後半のバラエティ・コーナーは、おおまかな流れをフランキーが組み立てて、僕が具体的な譜面を書いた。素っ頓狂な音程を出した後「ここで立ってバカをいう」なんて指示を書き入れたりしていた。

 大阪の大劇で公演したとき、≪ウィリアム・テル≫序曲をやった。で、フランキーの案で、擬音ではなく、ホンモノの大砲をぶちかましたい、と言い出した。もちろん、大砲の現物じゃなくて、見かけ上の話ですけど。

 そこで、みんなでヒイコラいって木材をくりぬき、一見、本物っぽい大砲を組み立てた。中にマグネシウムを詰めて導線を引いて火を点けると、けっこう大きな音で「ポーン!」と音がして煙とともにボールが飛び出すようにした。

 さっそく本番。練習どおり「ポーン!」とボールが飛び出したのはいいけれど、勢いがつき過ぎて、2階席正面の手すりにものすごい音を立てて当たった。もうみんな仰天。お客さんに当たらないだけよかったけれど、火薬のあとがバッチリついてしまった。3年後に同じ劇場へツアーで行ったら、そのときの火薬のあとがまだついていましたっけ。

 我々はバンドボーイを1人雇っていました。荷物運びを中心とする雑用係りの坊やですね。あるとき、後半のバラエティ・ショーで、そのバンドボーイを海水パンツ一丁の裸にさせ、首に蝶ネクタイだけつけさせて、バンドの横に立たせていたことがある。何もしゃべらず、ただじっと立ってるだけ。ほぼ1時間、ずっと立ちっぱなし。で、最後の曲が終わって幕が下りるときに突然「ヘ〜クション!」とくしゃみをする。それだけのギャグ。考えてみればおバカとしかいいようがないけど、こんなのが大うけだったんですよ。

 そんな調子だったんで、そのうちみんな、ジャズそのものよりもギャグのほうに命をかけるようになってきた。

 地方へ行ったら、まず、その土地の古道具屋や自動車工場に飛び込んでいた。何か面白い音の出るものはないか、お客さんを笑わせる道具はないか、そんな探しものばかりやっていた。自動車のクラクションやホーン、カウベル、鉄床……いったい俺たちは、ジャズ・ミュージシャンなのかギャグマンなのか、わからなくなってきちゃった。のちに、コロムビアでレコード録音までするんだけど、そのときは、特注の巨大カウベルをつくったほどの凝りようでしたね。

 ギャラは、相変わらずよかった。

 あるとき、フランキーのマネージャーが、みんなのギャラを持ち逃げして、行方不明になったことがあった。ところが、誰も追っかけようとしない。もちろん警察に訴えるなんてことも、誰もやらない。しかも、しばらくしたら、いつの間にか戻ってきていて、みんなにオシボリ配ったりしてるんだ。持ち逃げのことも、誰も追及しない。おかしな世界だなあ、何でみんな黙ってるんだろうと不思議に思ったけど、結局、ものすごいギャラをもらっていたから、ちょっとくらい持ち逃げされたって、みんな、どうってことなかったんだね。それほどいいギャラだったわけですよ。

▲全盛期の「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」。前方で指揮をしているのがフランキー堺。その後ろで立っているのが植木等。その左でスコアをチェックしているのが岩井直溥。ピアノの上に座っているのが桜井センリ。右端で何やら擬音のマレットを叩いているのが谷啓。

■メンバーはクレージー・キャッツの原型

 メンバーには、最初から谷啓(トロンボーン)がいた。彼は、うまかったねえ。コミカルな演奏もすごく上手だった。

 あるとき、谷が、どこからかギター弾きを連れてきました。名前は、植木等。

 彼はお寺の住職の息子なんだけど、東洋大学を出て、ジャズ・ギタリストをやっていた。で、自分のバンドをつくって進駐軍のキャンプ回りをやっていたんだけど、どうも、ギターよりも、歌やコミック芝居のほうに興味があったらしい。で、シティ・スリッカーズを見学にきたら、イッパツで興味をもって、正式参加した。入ってからは、確かにギターよりもコミックのほうばかりやっていたね。声もすごくよかった。確か、シティ・スリッカーズに入る前、ちゃんとした声楽家について歌のレッスンを受けていたはずですよ。

 ピアノの桜井センリもいた。彼はロンドン生まれのお坊ちゃまでね。早稲田大学在学中から名ジャズ・ピアニストとして名を馳せていました。

 あと、正式メンバーではないけれど、ドラムスのハナ肇が、ときどき、バンドボーイみたいな立場で出入りしていましたね。

 要するにシティ・スリッカーズは、のちの「ハナ肇とクレージー・キャッツ」の原型のようなものだったんです。

 僕は、アレンジ仕事が中心でしたが、時折は、トランペッターとして出演もしました。

 編曲は、ずいぶん書いたなあ。≪ウィリアム・テル≫序曲、≪軽騎兵≫序曲、≪カルメン≫≪黒い瞳≫≪天国と地獄≫序曲……。≪詩人と農夫≫は≪痴人と情婦≫としてやったりしました。

 後年、ぼくの吹奏楽アレンジに、コミカルな香りの強い楽譜がたくさんありますが、それらの基礎は、ほとんど、この時期のアレンジがもとになっています。

▲フランキーが抜けたあと、植木等(左)とギャグを演じる岩井直溥。
▲コントの主役も見事に演じた。最前列が岩井直溥。
最後方、バリトン・サックスの右で顔だけ見えるのが植木等。

■自然消滅……

 そんな調子で大人気コミック・ジャズ・バンドとして全国を飛び回っているうちに、フランキーが、徐々に日活で映画に出始めた。当時、シティ・スリッカーズは、日活映画館で映画の上映の合間のアトラクションとしてナマ演奏することが多かった。どうも、その縁で日活関係者に目をつけられたみたいだった。そして、喜劇役者としての血が開花というか、爆発したんだね。最初のうちは、たとえば彼が主演した『猿飛佐助』(昭和30年)なんか、僕も音楽を手伝ったりして、あくまで、バンドの合間に映画の仕事をやっているような感じだったんだけど、そのうち、年に何本も出演するようになると、もう、バンドどころじゃなくなってきた。

 そしてとうとう、「シティ・スリッカーズは岩井チャンにまかせるから」と、事実上、バンドを抜けてしまった。

 まいったねえ。リーダーがいなくなっちゃったんだから。

 でも、基本的にジャズができるし、冗談音楽もちゃんとした楽譜があるから、残ったメンバーだけで活動をつづけましたよ。3年くらい、フランキーなしでやったかなあ。浅草の「グランド浅草」という大型ダンスホールでもよく演奏しました。

 ところが、時々顔を出していたハナ肇が、新たに自分でコミック・バンドをつくることになって、谷啓と桜井センリを連れ出してしまった。しばらくは、僕と植木の2人がコミックの中心部分を担っていました。

 そのときハナがつくったバンドが「ハナ肇とクレージー・キャッツ」です。時代は、そろそろTV時代。シティ・スリッカーズは「4・4・5・4」編成のビッグ・バンドだから、小回りが利かない。その点、クレージーは6〜7人の小バンド。TVでもラジオでもサッときてすぐに演奏開始可能。しかもギャグつき。

 結局、植木も最後にはクレージーに移籍して、シティ・スリッカーズは昭和34年ころに自然消滅していきました。もし、もう少し小編成で、時代が遅かったら、もっと長くやっていられただろうね。のちにクレージーやドリフターズがやったような音楽ギャグは、基本的にシティ・スリッカーズが完成させていたようなものです。いまから思えば、まさにTV向きのギャグだったけど、まだTVの時代じゃなかったんだ。小バンドのクレージーは、そこにピッタリはまったんだね。

 そして次が、いよいよ東芝レコードでの時代になるわけです。

【つづく】

※第16回は1月30日(金)正午〜、掲載予定。
(毎月15日・30日=土日祝日の場合は、直前の平日=に掲載予定)

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編曲・作曲:岩井直溥(Naohiro Iwai) 【全曲】

1. シンコペーテッド・マーチ「明日に向かって」 【3:29】
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2. ポップス・オーバーチュア「未来への展開」 【4:42】
   Pops Overture "Development toward the Future"

3. ポップス描写曲「メイン・ストリートで」 【5:01】 
   On Main Street

4. ポップス変奏曲「かぞえうた」 【5:09】 
   Pops Variation "Kazoeuta"

5. ポップ・コンサートマーチ「すてきな日々」 【4:24】 
   Pops March "Wonderful days"

6. Jump Up Kosei 21 【7:46】  

7. 詩曲「渚の詩」 【8:50】  

8. 響きかぎりなく 【7:02】 

9. あの水平線の彼方に 【11:38】

【ボーナストラック】

10.靴が鳴る/弘田龍太郎(arr.岩井直溥)

BPショップにて発売中 http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1548/

(2008.12.15)>>


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■ベスト・ニュー・サウンズ・イン・ブラス100−ベスト吹奏楽II
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