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吹奏楽ポップスの父 昭和大爆走!


第9回 学徒出陣

 

 せっかく芸大に入り、ようやく2年生になったのが1943年(昭和18年)の4月。
 この年に入ってから、戦況はますます日本に不利になってきました。前年の6月、ミッドウェーで日本海軍は空母4隻を失う大敗戦。このときまで、日本は太平洋戦争ではイケイケ・ムードだった。しかし、この敗戦をきっかけに、どんどん窮地に追い込まれる。
 12月にニューギニアで玉砕(その地の日本兵全員が戦死すること)、翌19年2月にガダルカナル島撤退。これは実に悲惨な話で、あまりに過酷な土地で後方支援もなく、1万5000人の兵士が餓死や病死。戦死まで含めると2万4000人の日本兵が亡くなった。
 5月にアッツ島玉砕。
 もうこうなると、呑気に楽器など吹いている状況ではなくなってきた。
 学校制度も、それまで5年制だった中学校は4年制に短縮され、高校は2年制になった。少しでも早く卒業させて、兵隊を増やそうとしたんだね。
 しかし、それでも兵隊は足りない。なにしろ戦地へ送った先から殺されるんだから。
 そこでとうとう、この年、昭和18年に「学徒動員」が決定した。つまり、卒業もしていない学生を、そのまま兵隊にして戦地へ送ることになったわけです。
 芸大でホルンを吹いていた僕も、それに引っかかることになった。


■暗号要員に

  昭和18年10月、東京の神宮外苑で「学徒動員出陣式」があった。わけもわからず兵隊の格好をさせられて、僕は「朝鮮第四部隊」に配属された。
 下関から船で釜山へわたり、列車でひたすら北へ北へと向かわせられる。
 いまの若いひとにはピンとこないかもしれないけれど、いまの朝鮮半島(まだ、韓国と北朝鮮には分かれていない)は、当時、日本だったんです。
 もう12月だった。寒かったねえ。トイレに行くと、排泄物が凍って山盛りになっていてね。トンカチで叩いて割っていた。
 朝鮮では訓練ばかりで戦いはなかった。
 そのうち、士官候補生の試験を受けろということになって、そのために、習志野の予備士官学校へまわされることになった。
 このとき、もし、南京の士官学校へまわされていたら、戦死していました。習志野だったから助かったんです。
 考えてみると、僕の人生は、どうも、「傍流」というか、常に脇道へ進むことで、なんとかやってきたような感じがあるね。
 兄が木琴の大スターで、僕はなんとなく脇に置かれていた。でも、そのせいでいつしか吹奏楽の道に進むことになった。
 医者の学校を目指していたものの、うまく行かず、すべり止めで受けた芸大に入ったため、プロの音楽家になった。
 今回も、習志野へまわされたことで、死なずにすんだわけですから。
 習志野の士官学校では、暗号の専門教育を受けていました。で、卒業したら、樺太かフィリピンへ暗号要員として行かされる予定だという(これも、実はそうはならず、戦死を免れたんです。実際、樺太とフィリピンへ行かされた暗号要員は、全員、戦死しましたから)。
 訓練中は、兵舎を出たら、歩いていてはダメ、とにかく走ってなきゃいけない。これはしんどかったねえ。
 そのうち、暗号教育を受けながら、千葉の館山や白浜の警備隊にまわされた。

▲「日本兵」岩井直溥
▲訓練中の「朝鮮第四部隊」(後列のどこかにいます)

■そして終戦

 暗号班の仕事は、軍内部でモールス信号でとどく暗号電文を、乱数表をつかって解読し、普通の日本語になおすこと。そのうち、暗号班長を命ぜられた。
 だから、戦況にかんしては、誰よりもはやくほんとうのところを知る立場にあった。各地の戦況がどうなっているか、広島や長崎に落とされた爆弾が原子爆弾であるとか、ポツダム宣言の内容とか、すべて、先に知っていました。
 そのうち、甲府のほうで3000名からなる混成旅団が結成されるというんで、そっちへまわされた。将校がよぼよぼのお爺さんでね。大正時代に通称「五百円少尉」といって、お金をはらえば1年そこそこで少尉に昇進できる制度があった。それで偉くなった将校だったらしい。
 ところがすぐに、そこから400名が選ばれて、また再教育を受けるということで、館山へ戻された。
 結局、戦地へは出ないまま、終戦は、館山で迎えました。正確にいうと、館山の北のほうに「那古船形」という町があります。そこの小学校の校庭で、昭和20年8月15日、400名の士官候補生と一緒に、玉音放送を聞きました。
 妙な気分だったねえ。うれしいと同時に、怖かった。これからいったい、どうなるんだろう。どうやら連合軍がやってきて、日本は占領されるらしい。ということは、日本はアメリカになるんだろうか。将校クラスは逮捕されて銃殺されるんじゃないか。また芸大に戻って音楽をやれるんだろうか。
 終戦になった以上、もう、軍は解散。ところが、この「解散」は、正式には、全員がそろった状態でないと、許されないんだね。8月15日に終戦となったとたん、兵倉からコメを盗み出して逃げるやつ、トラックに乗っていなくなるやつ、もう、メチャクチャだった。だから、しばらく、すぐには館山を去ることができなかった。
 ようやく解散できたのが、8月の25日か26日ころ。
 当時、姉が軽井沢に疎開していたので、そこを目指して部下3人と、満員電車を乗り継いで、軽井沢へ向かいました。


■ジャズバンド結成

 軽井沢駅に降り立ってみると、もう、米兵がウジャウジャいた。当時、万平ホテルがアメリカ陸軍第8軍に接収されてて、米軍の宿舎兼司令部みたいになっていた。
 てっきり米軍に捕まるかと思っていたけど、彼らは意外に紳士的でね。一応、ボロボロとはいえ、こっちが軍服を着ているのを見ると、敬礼なんかしてくれましたよ。
で、しばらく軽井沢の親戚の家でぶらぶらしていた。
 やがて、芸大のころの仲間が、噂を聞きつけて、軽井沢に少しずつ集まってきた。そこで何をやっていたかといえば、24時間、毎日毎日、ひたすらマージャンをやっていた。メンバーはいくらでもいるから、余ったやつは寝ている。
 そのうち、新橋に米軍専用のダンスホールができるのだが、そこでバンドを募集しているとの情報が飛び込んできた。経営者は、女優で歌手の高峰秀子のお兄さんだという。
 ちなみに高峰秀子といえば、戦前〜戦後を代表する大女優ですが、もともと父親が函館で劇場や料亭などをたくさん経営する、興行界の大物だった。息子さんたちも、それを継いでいたんですね。
 こんなところで毎日マージャンばかりやっていてもしょうがない、俺たちにできることは楽器を吹くことくらいだから、この際、ジャズバンドでもつくって、それに応募してみようじゃないか、ということになった。
 で、とにかくそのとき、軽井沢に出入りしていた連中を集めて、にわかジャズバンドをつくったんですよ。
 メンバーは…… 
 まず、サクソフォン奏者の山本力。このひとは、MALTAの師匠としてのちに有名になりましたね。吹奏楽もずいぶん振っている。彼は戦前からコロムビアを中心にジャズをやっていて、このひとに、指揮者というか、バンドリーダーになってもらった。
 ほかには、たとえば、トロンボーンの山本正人。のちに東京吹奏楽団を創設するひとです。トロンボーンを本格的にやったひとなら、彼の教則本を一度はさらっているはずですよ。
 芸大の後輩でホルンの千葉馨もいた。なんと、彼はバンジョー担当。
 クラリネットの大橋幸雄はサクソフォン。
 オーボエの鈴木清三もサクソフォン。
 前回出てきた、萩原哲晶もいたね。彼はそのころ、陸軍戸山学校の軍楽隊に留学していた。
 そんなふうにして、全部で12人くらいかな。あっという間にメンバーが集まった。
 みんな、昨日まで学徒動員で、戦地で走り回っていた連中ですよ。
 後年、作曲家の兼田敏とこのころの話をしていたら、「すごい変わり身の早さですねえ。あなたたちみたいな軍人がいたから、日本は負けたんだな」なんて、大笑いになったことがある。
 のちに、活動を始めてからは、ハワイアンのバッキー白片が参加したこともある。当時まだ慶応ボーイだった、ジャズ歌手の笈田敏夫もいた。
 で、話はトントン拍子に決まって、そのダンスホール兼キャバレー「A1」に出演することになった。オープンは昭和20年12月25日だという。終戦からわずか4ヶ月後のことでした。

【つづく】 

※第10回は10月15日(水)正午〜、掲載予定。
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編曲・作曲:岩井直溥(Naohiro Iwai) 【全曲】

1. シンコペーテッド・マーチ「明日に向かって」 【3:29】
   Syncopated March "Asuni-Mukatte"

2. ポップス・オーバーチュア「未来への展開」 【4:42】
   Pops Overture "Development toward the Future"

3. ポップス描写曲「メイン・ストリートで」 【5:01】 
   On Main Street

4. ポップス変奏曲「かぞえうた」 【5:09】 
   Pops Variation "Kazoeuta"

5. ポップ・コンサートマーチ「すてきな日々」 【4:24】 
   Pops March "Wonderful days"

6. Jump Up Kosei 21 【7:46】  

7. 詩曲「渚の詩」 【8:50】  

8. 響きかぎりなく 【7:02】 

9. あの水平線の彼方に 【11:38】

【ボーナストラック】

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