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『息を聴け』――それから
熊本県立盲学校アンサンブル部の再挑戦(下)


Text:森重良太(新潮社)

 会場の「火の君総合文化センター」は、熊本県のほぼ中央に位置する、客席600弱の中型ホールです。多目的ホールのようでしたが、残響効果なども十分あり、立派なコンサートホールとして通用する会場でした。

 アンコン熊本県大会(第33回九州アンサンブルコンテスト・熊本支部予選)は、12月8日(土)と、9日(日)の2日間にわたって開催されました。

 8日(土)は「中学の部」のみ。何しろ中学だけで48団体も出場するので、朝の10時過ぎから始まって、午後5時頃までかかるのです。

 そして翌9日(日)が「小学校の部」「高校の部」「一般の部」「大学の部」「職場の部」です。私は8日(土)に近県で仕事をすませ、9日(日)に会場へ駆けつけました。

 ところが行ってみて驚きました。盲学校が出場する「大学の部」は、盲学校を含めて2団体しか参加していないのです。2004〜05年のアンコン熊本大会には6団体が出場していたはずですが。

 私は、半ば安堵し、半ば拍子抜けしてしまいました。確率二分の一です。盲学校を応援しに行った以上、ライバルが少ないことは安心感を覚えましたが、その一方で、多くの競合団体と争って勝ち抜けるスリルみたいなものは、あまり期待できなません(音楽のコンテストで「スリル」云々なんて、少々不謹慎ですが)。

 ただし、安心はできません。たとえば吹奏楽コンクールでは、参加団体の少ない部門だと、支部大会で「金賞」が出ず、全国大会への推薦団体もなし――なんてこともあるのです(逆に、金賞なしで「銀賞」団体が全国大会へ推薦されることもあるようです。これらの判定基準は、地方の連盟によって違うのです)。だから、2団体とはいえ、どちらも九州大会に推薦されない可能性だって、なきにしもあらずなのです。

 今回、熊本県大会で大学の出場団体が少ない理由は分かりませんが、近年、どこの地方のアンコンでも「大学」「職場」の部の参加が少なくなっているようです。これは吹奏楽コンクールも同様です。特に、夏場に吹奏楽コンクールに全精力を注ぎ込んだ団体は、それからすぐアンコンに時間を投入するのは、たいへんなのかもしれません。

 ただ、冨田先生は、競合団体が少ないことに、まったく言及していませんでした。「ライバルが多くても少なくても、私たちは私たちの音楽をやるだけです」としか、言っていませんでした。

 しかしコンテストはあくまで「競い合う」ものです。まず「金賞」を獲得し、さらにその中から、次の九州大会への推薦団体に選ばれなければならないのです。

 これは私の勝手な推測ですが、おそらく冨田先生と盲学校の部員たちは、県大会以後の九州大会、さらにその先の全国大会を視野に入れていたような気がしました。それは、一見、余裕のようにも見えますが、たいへん厳しい話です。盲学校は、すでに一度、日本一になっています。そこが再挑戦する以上、周囲は当然「今回も全国大会を目指しているのだろう」との目で見ます。そんな視線を浴びながらステージに立つ緊張感は、いかばかりでしょう。

 この日は、朝から「小学校の部」(9団体)、「高校の部」(21団体)、「一般の部」(11団体)とつづき、午後4時近くになって「大学の部」に入りました。盲学校は、最初の出演です。アンコンでは、各部門ごと、おおむね打楽器→金管楽器(大型→中・小型)→木管楽器(サクソフォーン→クラリネット→フルート)の順で出演します。だから打楽器は、たいてい最初の出番になるのです。

 「一般の部」終了後、「大学の部」開始までが休憩時間だったので、盲学校は、その間に、少し余裕をもって準備を開始することができました。木管や金管アンサンブルなら、片手に楽器、片手に楽譜を持ってサッと入場し、すぐ演奏に入れますが、打楽器アンサンブルは、そうはいきません。2004〜05年アンコンでは、盲学校は、8人でのべ23種類の打楽器を駆使したのです。今回は7重奏なので、人数は1人少ないのですが、おおむね使用される打楽器の数は、前と同じに見えました。

 舞台上手から、続々と、大量の打楽器が運び込まれてきます。ものすごい数です。もちろん大型トラックで持ってこなければならない分量です。演奏者は、数人の介添えの人たちに手を引かれながらセッティングを行なっています。入れ替え時の舞台は照明が落とされるので、弱視の人はたいへんだったろうと思います。冨田先生も、ほかのスタッフらしき人たちと一緒にセッティングを指示しています。

 私の席の前に、すでに出番を終えた高校生たちが座っていました。休憩中につき、あれこれとおしゃべりしていた彼女たちですが、次第に黙ってしまい、舞台上をじっと見つめ始めました。「盲学校だって…」と、驚いています。おそらく2004〜05年の頃は、まだ中学生で、アンコンや盲学校のことも知らなかったのでしょう。

 舞台上では、奏者が、さかんに手を伸ばして楽器の位置を確認しています。前と同じく、楽器は中央に寄った配置です。

 セッティングが終わって、奏者たちが一回、下がります。やがて1人の奏者だけが、介添えの人に引かれて、もう一度、楽器の位置を確認に出てきました。ティンパニやスティック台上のバチの位置を確認しています。彼らは、楽器や持ち替えバチの位置を視覚で確認することができません。自分と楽器の間の距離を「カン」で把握し、こなすしかないのです。

 やがて舞台上が明るくなり、奏者たちが、介添えの人とともに入場してきました。衣装は上下とも黒で、首に赤いスカーフを巻いたシックなものです。すぐに介添えは退場します。

 アンコンでは、演奏前に奏者は礼をしません。聴衆も拍手はしません。礼と拍手は演奏終了後だけに限られています。だから、奏者は舞台に登場したら、すぐに演奏できる体制に入ります。今回も、数人の奏者が、客席に背を向けた配置です。

 やがてアナウンスが流れました。

「ただいまより大学の部に入ります。プログラム1番、盲学校。グラステイル作曲、7人の打楽器奏者のためのボルケーノ・タワー」

 2004〜05年の演奏曲≪ジャンヌ・ダルク≫と同じ、グラステイルの作曲です(この人が何者かは『息を聴け』をお読みの方ならご存知ですよね)。「ボルケーノ・タワー」というからには、おそらく地元の火山、阿蘇山をイメージした曲なのでしょう。どんな曲なのか、期待でドキドキします。

 客席は、恐ろしいほど静まり返っています。中には、盲学校の2004〜05年の快挙を知らない人もいたでしょう。「視覚障害者に、打楽器アンサンブルができるのだろうか」との先入観を持って見ていた人も多いはずです。

 演奏は、中央のマリンバ奏者(あとで分かったのですが、これがMさんでした)が、ゆっくり深く「スーーーッ」と息を吸い込む響きで始まりました。これが演奏開始の合図なのです。指揮者がいないアンコンでは、通常は、1人のリーダー格の奏者が、視線や身振りで演奏開始の合図を出します。しかし彼らにそれはできません。そこで、息を吸い込む音を聴き、それを合図に演奏を開始するのです。

 そのMさんの「息」を合図に、マレット(鍵盤打楽器)奏者たちが、ゆっくりと静かに演奏を開始しました。意外でした。≪ジャンヌ・ダルク≫のように、激しい全奏で始まる曲ではなかったのです。しかし、たいへん美しい響きでした。マリンバ、ヴィブラフォン、ザイロフォンといったマレットだけで、こんなにきれいで繊細な響きが出るのです。

 あまりに美しい響きにうっとりとしていると、突然、上手側の奏者がドラム類を全力で叩き、それをきっかけに全員が、壁を揺るがさんばかりの勢いですべての楽器を叩き始めました。おそらく、静寂だった火山が大噴火を起こしたものと思われます。そこから先は、何が起きたのか、私にはよく分かりませんでした。ただ、あまりの超絶技巧の連続に、呆気にとられていました。1人で周囲にある数種類のドラムを、バチを持ちかえながら次々と叩きまくる者。目にも止まらぬ速さで鍵盤を叩きまくるマレット奏者。これがほんとうに専門教育を受けていないアマチュアなんでしょうか。ほんとうに視覚に障害がある人たちなんでしょうか。まさに「噴火」の勢いで音楽が進んでいきます。

 やがて静まると、静寂をあらわすかのような、穏やかな音楽に移ります。ここもまたたいへん美しい部分で、客席では、涙を流しながら聴き入っている人もいました。

 そして終曲。静かに静かに終わり、全員が、バチを斜めに構えてキリッと仁王立ちで客席に向かい、礼をしました。見事なステージ・マナーです。晴眼者だって、あそこまできれいな礼はできないでしょう。

 その瞬間、会場には怒涛の拍手が沸き起こりました。確かに演奏者は視覚障害者でしたが、そこにあるのは、まぎれもなく感動的な「音楽」でした。

 ふと見ると、客席中央で拍手をしている「審査員」もいます。普通、コンクールやアンコンでは、審査員は意思表示はしないものです。しかし審査員だって人間です。感動的な音楽に触れて、思わず拍手をしてしまった気持ちは、私にはとてもよく分かりました。

 拍手はいつまでもやみません。もう奏者たちは、スタッフの助けを借りて撤収に入っているのに、まだ拍手がつづいています。これがコンサートだったら、奏者たちは何度も舞台上に呼び出されて、拍手に応えて礼を繰り返したことでしょう。

 私は、すぐに舞台裏にまわって、冨田先生の姿を探しました。先生は、多くの関係者、保護者に囲まれていました。どうやら出演生徒の保護者の中にも、実際の演奏に接して仰天感動した人たちがいたようです。富田先生に挨拶すると、「まあ、大きなミスもなかったので、何とか……」とほっとしている様子でした。

 会場には、2004〜05年の全国大会制覇メンバーのOBも応援に来ていました。『息を聴け』でおなじみ、凸凹コンビのMくんとKくん。そしてHさんなど。さすがに日本一を獲得しただけに余裕すら漂わせている先輩ぶりです。

 やがて審査発表……もう、いまさら言うまでもないでしょう。もちろん盲学校は「金賞」。そして「熊本県代表」の推薦団体にも指定されました。

 「ゴールド、金賞」と発表されたときは、会場からひときわ大きな拍手が起こりました。表彰式には、部長生徒が出ましたが、ほかの人に手を引かれて、表彰状授与に応じていました。客席に礼をするときに、うまく方向が分からなくて、斜めを向いて深々と礼をしていましたが、その真摯な姿勢に、さらに拍手は高鳴りました。

 熊本県立盲学校アンサンブル部のみなさん、おめでとうございます。みなさんの演奏は、音楽の素晴らしさやパワーを与えてくれます。そして皆さんは、明らかに自分たちで「発信」しています。いまの時代、自らを外に向かって発信している若者が、どれだけいるでしょうか。発信の内容が何のかは、受け取る側の個々の問題でしょう。ある人は障害者に対する意識改革ととるでしょう。ある人は純粋な音楽ととるでしょう。それは何でもいいと思うんです。その「発信」を、盲学校の皆さんから受け取ったことを、私たちは忘れずにいたいと思います。

 こうして2007〜08年のアンコンがスタートしました。盲学校は、まだ入り口に立ったばかりです。

 次の関門――九州大会(第33回九州アンサンブル・コンテスト)は、2008年2月9日(土)〜10日(月)、宮崎県都城市総合文化ホールMJで開催されます。
(了)

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(2007.12.14)


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■『息を聴け』が、地元・熊本の出版文化賞を受賞!
http://www.bandpower.net/news/2007/02/03_bk4002/01.htm

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『息を聴け 熊本盲学校アンサンブルの挑戦』
http://www.bandpower.net/news/2006/04/05_ikiwokike/01.htm

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