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福島県南相馬市(旧原町市)の市営バンド、その後

◎見事に成長していた青少年バンドのとびっきり楽しいコンサート!

 BP読者であればご記憶と思うが、約1年前、私は、福島県原町市に発足した市営の青少年バンド「ゆめはっとジュニア・ウインド・オーケストラ」(以下YJWOと略す)のレポートを書いた。

【注】福島県「原町市」は、市町村合併により、この1月から「南相馬市」になった。

 大まかに内容をなぞると…。

 同市は、席数1000人強のコンサートホール「南相馬市民文化会館」(愛称:ゆめはっと)を有し、2004年秋、青少年によるレジデント(専属)ウインド・オーケストラYJWOを発足させたこと…。

 パートごと、東京からプロの指導者を定期的に招き、熱心にパート練習を続けたこと…。レジデント指揮者には、オペラや岩国ミュージック・フェスタでおなじみの矢澤定明を迎え、これもまた、何度となく現地を訪れ、練習を続けたこと…。

 それどころか、音楽監督にアルフレッド・リードを迎え、新曲ファンファーレを委嘱、しかも、ご本人の指導・指揮で第1回コンサートを2004年12月に開催したこと…等々。

 要するに、南相馬市は、単なる地方自治体が推進する余暇活動の枠を超えた、本格的な吹奏楽団を発足させたのであった。このこと自体、全国的に見ても、たいへん珍しく、かつ意義深い事業である…私は、約1年前に、そんな主旨のレポートを書いた。

 ところが、音楽監督アルフレッド・リードは、惜しくも昨年9月、他界してしまった。呼び物のひとつであり、精神的支柱であったリードが亡くなってしまったことで、YJWOは、どうなっているのか…。市側のサポート体制は続いているのか…そんなことが気になっていたら、何と、この1月15日(日)、見事に第2回コンサートが開催された。

 不肖、この私も、解説などで、ほんの少し、お手伝いをさせていただき、この第2回コンサートに接する機会に恵まれたので、その模様をレポートしておきたい。

■極上のエンタテインメント・ショー

 YJWOは、前回(2005年12月)の第1回コンサート以後も、また、リードの死後も、ちゃんと活動を継続していた。相変わらずゲスト指導者や指揮者・矢澤定明も頻繁に現地を訪れ、指導・練習を続け、地元のイベントに出演したりしていた。

 そして、今回、第2回のコンサートにこぎつけたわけだが、そのスケールや楽しさは、前回を上回る域に達していた。

 メンバーは、小学生から大学生まで、約30人。創設時から、メンバーがあまり増えていないのが悩みの種らしいが、前回同様、本番で足りないパートに関しては、近隣からエキストラを迎えていた。

 今回の第2回コンサートは、全部で3部構成。
 第1部と第2部は、YJWOメンバーによるステージ。第3部は、エキストラやゲスト指導者も全員加わり、大編成の「アルフレッド・リード・メモリアル・オーケストラ」として、リード作品を演奏した。

 第1部の曲目は、リード≪YJWOのためのファンファーレ≫、ホルスト≪第一組曲≫、バッハ(リード編曲)≪目覚めよと呼ぶ声あり≫、シベリウス(マッカリスター編曲/リード監修)交響詩≪フィンランディア≫の4曲。

 前回に比べると、明らかにピッチの安定度やステージマナーなども向上しており、格段の飛躍が感じられた。トランペットには、4〜5人の、小学校高学年〜高校生?と思しき女子がズラリと並んでいたが、きちんと高音も伸ばして、見事な演奏を聴かせてくれた。

 そして第2部。正直、これには仰天した。ゲスト・プレイヤーに、ジャズ・トランペッターの中川喜弘と、元クレージー・キャッツのトロンボーン奏者・谷啓を迎えて、ジャズ+冗談音楽の、極上のエンタテインメント・ショーが展開されたのである。

 1年前、緊張でガチガチだったYJWOのメンバーが、このようなステージを、プロのミュージシャンたちと一緒にこなせるようになるとは、夢にも思わなかった。

 中川喜弘は、ディキシーランド・ジャズに造詣の深い、超ベテランのトランペッターである。その音は、まことに安定していて、冒頭の≪セントルイス・ブルース≫などは、「ああ、ひさびさに、ジャズ・トランペットらしい音を聴いたなあ…」という感じであった。

 そして2曲目は、クレージー・キャッツの名曲メドレー集≪スーダラ伝説≫。「スーダラ節」や「ハイそれまでよ」など、おなじみの名曲が続くと、突如“場違い”なオジサンが舞台に乱入、一緒に演奏することに…言うまでもなく、谷啓の登場である。

 ここからは、指揮者・矢澤定明も加わって、トークを交えながら進む。中川・谷も、YJWOの中に加わって、全員で≪グレン・ミラー・メドレー≫の演奏。

 次が、第2部の白眉、谷啓による「民族音楽コーナー」。様々なTV番組で世界中を旅してきた谷が収集してきたという民族楽器を駆使し、冗談音楽が展開する。もちろん、バックはYJWOである。

 もともと谷は、クレージー・キャッツ以前から冗談音楽に手を染めていた、大ベテランである。シティースリッカーズというバンドに所属していたこともある(ここで、冗談音楽のアレンジを担当していたのが、かの岩井直溥である!)。昔、谷が、トロンボーンのスライドが外れてしまい、次第に楽器が小さくなって行くのにそれでも演奏をやめない…といった音楽コントを見たことがあるが、抱腹絶倒を通り越して、腹筋が痛くなってしまった記憶がある。

 この種の冗談音楽ほど、むずかしいものはない。客席で気軽に見ている分には、アドリブでおふざけをしているように見えるだろうが、実は、譜面も演出もすべて厳格に出来上がっており、少しでもタイミングが狂ったらオシマイなのだ。

 しかも、バックバンドの力量が問われる。主役は、あくまで、民族楽器を抱えてドタバタをやる谷啓だ。だが、そのドタバタを際立たせ、盛り上げるのは、バックバンドの役目なのである。ギャグのタイミングを見はからいながら指揮をする矢澤も見事だったが、それに応えて、楽しく、元気よく谷を支えたYJWOも素晴らしかった。こういうことができるとは、まったく予想していなかったので、こちらは、笑いながら、アングリと口を開きっぱなしだった。

 最後は、谷啓+YJWOトロンボーン・セクションをフィーチャーしての≪ラサス・トロンボーン≫。演奏者たちも、余裕たっぷりのパフォーマンスで、見ていて楽しかった。
 2人の有名人がゲストに招かれたことで、それを目当てに来た聴衆もいたと思う。だが、実際に接してみれば、YJWOの見事なバック・サポートがあってこそ、中川・谷の演奏やパフォーマンスも引き立ったことは、誰の目にも明らかだった。プロのバンドでも、そうそう、このようなステージを作りあげることは、簡単ではないはずだ。


■圧巻のドラム合戦

 第3部は、大編成になってのリード追悼プログラム。

 指揮の矢澤によれば、昨年9月、この会場で≪アルメニアン・ダンス パート1≫を練習している最中に、リードの訃報が届いたそうで、まさに、リード自身が直接知らせに来たような思いを抱いたようだ。結果、矢澤本人にとっても、一段と力の入った演奏となった(矢澤は、この日、リードの写真をポケットに忍ばせて指揮に臨んだ)。

 曲目は≪春の猟犬≫≪アルメニアン・ダンス パート1≫…正直、どちらも「また、この曲か」と言いたくなってしまうほどのスタンダード有名曲だが、それでもやはり、聴き始めると「名曲だなあ。何度聴いても素晴らしい」と、聴き入ってしまった。そんな思いにさせてくれた、矢澤+YJWO&サポートメンバーに、拍手を送りたい気分だった。

 鳴り止まない拍手に応えてのアンコールは、≪ラデツキー行進曲≫につづいて、再び中川・谷を交えての≪シング、シング、シング≫。YJWOメンバーたちの粋なソロを経て、圧巻は、ゲスト指導者とYJWOメンバー(小学生の女子!)の2人による、ツイン・ドラムセットによるアドリブ合戦!

 その模様は、何と言ったらいいのか…まさに、1938年カーネギーホール、ベニー・グッドマン楽団の伝説のコンサートにおける、ジーン・クルーパのドラムを上回る、常識を覆すようなドラム合戦が繰り広げられたのだ。お世辞抜きで、私も、多くのアマチュア・バンドを見たり聴いたりしているが、これは大衝撃だった。中川や谷も、唖然となっていた。片やプロだが、片や小学生の女子である。これほどの音楽状況が展開すると、誰が予想しただろうか。

 しかも、あとで聞いたのだが、彼女は、1年前のコンサートでは、カスタネットやマラカスなどの小物を担当していたという。指導者の教えもよかったのだろうが、この熱気こそ、リード亡きあとのYJWOを支え続けてきた要因ではなかろうか。

 南相馬市は、東京から常磐線、もしくは東北新幹線・仙台経由で約3〜4時間。最寄り駅は「原ノ町」。

 その地に、リードのサポートで生れたアマチュアバンドが、着実に根付いていることを感じた。そして、彼らを支えている南相馬市(正確には、財団法人・南相馬市文化振興事業団)、協力を惜しまない近隣のゲストプレイヤー、ゲスト指導者、そして、指揮者の矢澤定明の存在…会場では、YJWOメンバーの保護者サポート・スタッフや、ボランティアらしき人たちの姿も、さかんに見かけた。地方自治体が運営する吹奏楽団として、理想のあり方なのではないだろうか。

 また、誤解を恐れずに言えば、音楽監督リードの死は、逆に、YJWOを成長させたのではないか。もう、リードが来て指揮してくれることはない。リードの名前で客寄せをすることはできない。それが分かった時、YJWOは、自分たちの力だけで、どうにかするしかなくなった。もちろん、中川・谷という、人気ゲストの力は借りたが、彼らをステージ上でさらに輝かせる役目も、自分たちに負わされた。そのことが、いい方向に働いたのではないか。

 おそらく全国的にも珍しいと思われる、市営の、ホール専属ジュニアWO。その行く先がどうなって行くのか。また1年後が、実に楽しみだ。


【余談のような追伸】
 YJWOが存在する福島県南相馬市と、その近隣は、一種の“吹奏楽王国”である。中学、高校、市民バンド…などに、そうそうたるアマチュアバンドが存在している。

 もう少し、そこから、気軽にYJWOに参加してはどうかと思う。

 これは筆者の独断だが、おそらく、学校バンド指導者は、市営バンドにメンバーを送りこみたくはないであろう。コンサート開催時期は、アンコン真っ盛りの季節でもある。指導者は、「そんな暇があったら、自分の部のための練習をしろ」と言うはずだ。

 だが、すべてをYJWOに注ぎ込まなくとも、せめて、時間のある時や、コンサート本番前に参加する程度でもいいのではないだろうか。

 何しろ、あれだけの指導陣が、入れ替わり立ち代わり、現地を訪れて指導しているのだ。中には、東京佼成ウインドオーケストラや、シエナ・ウインドオーケストラのメンバーもいる。東京にいたって、それほどのプレイヤーから、直接に指導を受けられる機会はめったにない。今回のように、一流のゲスト・プレイヤーと共演できるチャンスもある。しかも、練習場や、立派な本番ステージも、最初から用意されている。YJWOで身につけたことは、必ず、自分たちのクラブにもいい影響をもたらすと思うのだ。乱暴に言えば、近隣の中学・高校の吹奏楽部諸君は、YJWOを「利用」してしまえばいいのである。

 また、指導者も、練習を見学に行ってはどうだろうか。例えば、指揮者・矢澤が、どうやって≪アルメニアン〜≫のリズムを構築させて行くのか。あるいは、今回のコンサートにおける第2部、谷啓による冗談音楽ステージが、どのように出来上がって行くのか…それらリハーサルや練習風景を、地元のバンド指導者に見せないほど、市側は閉鎖的ではないはずだ(今回の第2部には、定演や文化祭で使えるネタや演出が、山ほど詰まっていた!)。

 それくらいの、気軽な気持ちで参加できるアマチュアバンドが、中学・高校バンドと交流しながら存在できたら、地方自治体が運営する意義もさらに高まるような気がするのだが。   (敬称略)



【関連記事】

◎ 福島県原町市に、市営の青少年バンドが誕生!(前編)
http://www.bandpower.net/report01/2004/12/02-haramachi/02_haramachi.htm

◎福島県原町市に、市営の青少年バンドが誕生!(後編)
http://www.bandpower.net/report01/2004/12/02-haramachi/02_2_haramachi.htm

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