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田村文生の作品が収録されているCD

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北海道教育大学函館校吹奏楽団
第28回定期演奏会

日時:2005年6月4日(土)18:30〜
会場:函館市芸術ホール
レポート:国塩哲紀(東京オペラシティ文化財団プロデューサー)

指揮:渡部謙一(音楽監督・常任指揮者/同大学助教授)
ゲスト:田村文生(作曲家)

田村文生の創造的編曲による
リスト《バッハの主題による幻想曲とフーガ》、初演!
 はじめに、出演者の一人が筆を執ることをお断り申し上げなければいけない。筆者はコンサートナビゲータという役目で登壇しており、客観性に欠けるという謗りを免れないかもしれないが、なにぶん編集部のある東京から遠く離れた地での演奏会ゆえのレポーター不足、ご容赦いただきたい。

さて、北海道教育大学函館校(函教大)吹奏楽団は、1977年の発足以来、寺中哲二、松代晃明時代を通じ、全日本吹奏楽コンクール全国大会にもコンスタントに出場してきた、いわば北の伝統校バンド。未だ全国大会で金賞を受賞したことはないが、常に良識を感じさせる真面目な演奏で、北海道を代表する大学バンドの一つとして名を知られている。

現在の音楽監督・常任指揮者は渡部謙一(同大学助教授)。就任三年目だが、すでに南聡、伊左治直といった作曲家たちとの共同作業を導入、今後も若い世代の優れた作曲家たちへの委嘱を予定しているなど、着実に新しい時代を築こうとしている。今回のプログラムもチャレンジングだ。

前半は課題曲Vで始まり、ネリベル《音楽の捧げもの》、リスト〜田村文生編曲《バッハの主題による幻想曲とフーガ》(委嘱作品・初演)。後半は、課題曲Vの後、グレインジャー特集として《ストランド街のヘンデル》《コロニアル・ソング》、そして渡部編曲による組曲《早わかり》から3曲という構成。

なんという異色の選曲。見識の高さは感じるが、日本のアマチュア吹奏楽界の流行とはあまりにも無縁である。筆者は内心集客に不安を感じていた。しかしそれは杞憂に終わった。蓋を開けてみると、なんと客席は超満員。決して大きなホールではないが、それでも立ち見まで出るのは演奏者にとって気分が悪いはずがない。努力の実った学生たちはがぜん力を発揮し、選曲の妙もあってか変化に富んだ充実した内容の演奏会となった。

では、プログラム順に紹介し、多少感想も述べていこう。

開演時刻と同時に始まったのは、演奏ではなく、ゲストである作曲家の田村文生と筆者による「プレトーク」。渡部の発案である。約15分にわたって、委嘱のいきさつや、ピアノ曲や室内楽曲を吹奏楽に編曲する意味などについて語りあった。正直申し上げて、リストや吹奏楽についての基礎情報がない方には退屈で、逆にマニアには物足りない内容であったとは思う。しかし、新作の初演を前に田村文生の生の声が聞けたという点では、貴重な機会だったのではないだろうか。

出塚健博作曲《リベラメンテ》(課題曲V)は、筆者は初めて聴いたが、スコアを見た時ほどには感興をもよおさなかった。主題操作など作曲技術は確かなものと見受けられるが、全体に一本調子で、出口が見えないまま曲が進んでいくという印象。そのせいか演奏も不完全燃焼と言わざるを得ないものに終始。これを「聴かせる」には相当の技量が必要な気がした。

続いては、ネリベルがケネディ大統領暗殺事件を契機に着想し、1990年代前半に作曲した《音楽の捧げもの》。「バッハの3つのコラール」という副題のとおり、J.S.バッハが用いた有名なコラールを、ネリベルが変容させた曲。打楽器は一切使われておらず、日本で人気のあるネリベル作品のイメージとは趣の異なる音楽である。《イエス、わが喜び》《暁の星のいと美しきかな》《血潮したたる主の御頭(みかしら)》の3曲から成り、第1曲ではさらにバッハの《音楽の捧げもの》の「王の主題」が織り込まれている。演奏前に、筆者の案内でもとになったコラールを録音で聴いていただいた。コラール旋律がそのまま現れないという難解さはあるものの、バンドはよく楽譜を読み込み、手堅くまとめた。緊張感が途切れないようにという狙いからか、3つの曲を切れ目なく演奏した渡部の解釈は妥当だったといえる。何より、バッハに関係し、限りなく作曲に近い編曲作品という点で、次の田村作品へのテーマ上の自然な流れを作り出した。

いよいよ今回の目玉、田村文生編曲によるフランツ・リストの《バッハの主題による幻想曲とフーガ》だ。この曲は同団の委嘱作品で、リストのピアノ曲を吹奏楽にというアイディアは田村自身が長年温めていたものである。BACHの音列を基にした奔放かつ極めてピアニスティックな原曲を田村がどのように料理するかに注目が集まったが、自身高度なオーケストレーションと過激な語法を武器とする田村が行ったのは、当然単純な移し替えなどではなく、原曲における主題変容自体のデフォルメや巨大化であり、いわばメディアの変換にともなう創造的編曲というべきものだった。例えば幻想曲部分の後半で、原曲の和音進行を生かしつつ、大胆なテンポ変更と新しい旋律により室内楽風な音楽を創出したあたりはまるで魔法のよう。さらに終盤では意図的に《展覧会の絵》のエンディングを下敷きにし、神々しいまでのフーガ主題のコラールを出現させるという離れ業まで披露。リスト作品の多くに共通する「暗→明」の性格を強調し、吹奏楽らしい魅力を湛えた、実にエキサイティングな大作を生み出すことに成功した。恐るべき田村のファンタジー。渡部と函教大バンドはこの難曲に果敢に挑み、集中度の高い力演を聴かせた。

我田引水で恐縮だが、筆者は、演奏直前に田村自身のトークも交え、原曲(録音)との部分的な聴き比べを行ったことで、少しでも聴衆の興味を喚起できたのではないかと考えている。委嘱作品が流行する今日、オリジナル曲の場合も、初演前の作曲家自身による解説は通例化していいと思う。

休憩後は、高橋宏樹作曲の《ストリート・パフォーマーズ・マーチ》(課題曲III)。この曲も筆者は初体験だった。ディズニーランドのパレード音楽とドイツマーチがごちゃまぜになったような風変わりな曲だが、表情に変化があるという点では、少なくとも「V」よりは好ましかった。明るいサウンドと洒落っ気のあるバンドには適した作品だろう。少々荒っぽくはあったが、演奏者が曲を把握しやすいせいか、リラックスした楽しい演奏だった。

イーストマン音楽学校時代にグレインジャーにのめりこんだという渡部が、その魅力についてひとしきり話したあとは、「グレインジャー・フェイバリット!」と題して、名作3曲を一気に演奏、コンサートはクライマックスへ向かった。

陽気な《ストランド街のヘンデル》と、グレインジャー自身の故郷オーストラリアと母親への愛情がこみあげる《コロニアル・ソング》の対比は鮮やかであり、何気ない小品が持つ魅力にあらためて気づかせてくれた。

プログラム最後は、渡部自身が英国グレインジャー協会からお墨付きを得て編曲した、組曲《早わかり(In A Nutshell)》から、1「到着ホームで歌う鼻歌」、2「陽気な、しかし物足りなそうな」、4「ガムサッカーズ・マーチ」の3曲。1は異国風の長い旋律が延々と続き、いくつもの炸裂する瞬間が通り過ぎていく異様な楽章。2はミュージックホールのお気楽な雰囲気の中に哀愁も入り混じる粋な音楽。そして4だが、吹奏楽でもしばしば単独で演奏されているので今さらとお思いかもしれないが、なんと通常使用されているバンド版(変ホ長調)ではなく、原調(ホ長調)に戻した編曲で、やや狂気じみた明るさや切なさがよりはっきりと感じられるサウンドになっていた。注目すべき試みだったといえるだろう。全体を通して、管弦楽版に負けない音色の変化とダイナミックな響きはすこぶる魅力的で、内容・質量ともに充分な組曲である。新しい編曲版として定着することを望みたい。このバンドのキャラクターに合っているのか、見事なドライヴ感を持った演奏で、豪快にフィナーレを飾った。

アンコールは、やはりグレインジャーの《ボニー・ドゥーンの堤よ土手よ》をしっとりと聴かせた後、渡部得意の《ヒズ・オナー》が爆発。トークもふくめてここまで約2時間できちんと終演。日ごろアマチュアの吹奏楽演奏会は長すぎるものが多いと感じている筆者にとっては、快哉を叫びたくなるような構成であった。

一方で、学生たちの聴衆へのプレゼンテーションはプログラム本編だけに止まらず、開演前や休憩時、そして終演後まで舞台やロビーで各種アンサンブルが同時多発的にミニコンサートを行うというサプライズつき。もちろん好評嘖嘖。さすがに大学生、体力は無限である。

首都圏や近畿圏のような激戦区の大学バンドとは違った牧歌的な雰囲気だが、その素朴なサウンドが渡部の開拓精神と相俟って、何やら大学吹奏楽シーンに一石投じてくれそうな期待を抱かせた函教大吹奏楽団。今後も注目したい。


公式HP http://www.geocities.jp/hue_brass/pc.html

■指揮者の渡部謙一がもっと知りたい!

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/1783/


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