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BLUE HORIZONS/Civica Filarmonica di Lugano
La Passio de Crist/Banda Sinfonica La Artistica, Bunol
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東京佼成ウインドオーケストラ
第84回定期演奏会

日時:2005年2月25日(金)19:00〜
会場:東京・池袋「東京芸術劇場 大ホール
レポート:中橋愛生(作曲)

http://www003.upp.so-net.ne.jp/napp/
 私事でこのレポートを始めるのは心苦しいが、ご容赦願いたい。先だって2月25日に行われた東京佼成ウインドオーケストラの84回定期演奏会を聴く為 に池袋の東京芸術劇場に到着した際、開演前から様々な方とお会いする機会があった。よく会う方、久しぶりにお会いする方、と様々であるが、初めてお会い した方も少なくなかった。そうした初対面だった方の一人が、バンドパワーの小太郎氏。折角お知り合いになれたのであるからということで「この定期演奏会 のレポートを書いて欲しい」という氏のご要望にお応えする形で、こうして書かせて頂いている。

 正直に言うと、私は吹奏楽に関心があるとは言え、今回の演奏会プログラムの作曲家について、明るくない。なので、このような公の場で個々の作品につい て深い感想を述べる事は危険であるし、やってはいけないことだと考えている。なので、今回は「演奏評」「作品評」とは違った形でレポートを書かせて頂き たい。

 吹奏楽に関わった事のある人で、東京佼成ウインドオーケストラ(以下、TKWO)を知らない人はいないだろう。戦後日本の吹奏楽の牽引役とも言うべき、絶大な影響力を持つプロフェッショナル吹奏楽団である。その長い演奏の歴史において、この84回目の定期演奏会は、一つの転換点に位置付けられよ う。

 周知のように、TKWOの桂冠指揮者であった《ウインド・アンサンブルの父》マエストロ、フレデリック・フェネルが2004年12月7日に亡くなっ た。今回のコンサートは、その後初めて行われた大編成の、いわゆる「吹奏楽」による定期である(注:12月26日に行われた第83回定期演奏会は、小編 成による室内楽的作品で構成されていた)。この演奏会で何が起こるのか。私にはそれが気になっていた。

 戦後、日本の吹奏楽はアメリカのスタイルを模倣することから再出発を始めたとも言える。そのため、長らく日本の吹奏楽団のレパートリーは、アメリカの作曲家の手による作品が大半を占めていた。その後、邦人の手による作品も登場するようになったが、「吹奏楽コンクール地区大会」において弱小(この言い方は極めて不本意だが)スクールバンドが演奏するのは、往々にしてアメリカの作曲家がそれ用に書いた作品が中心であった。

 プロの吹奏楽団の責務の一つに、「アマチュアバンドへ模範を示す」というものがあることは事実である。需要あるところに供給あり。そのためTKWO も、そうしたアメリカの吹奏楽作品をたくさん演奏・録音してきた。私の手元にもフェネルの指揮によるTKWOのそうしたCDが何枚かある。フェネルの思想は特にスクールバンドに向いていた訳ではないが、フェネルの体現していたのが、総じて言えば「アメリカの吹奏楽」であったことは紛れもない事実なので ある。

 時代は流れ、日本の吹奏楽は姿を変える。日本独自のスタイルが生まれていったのも勿論だが、ヨーロッパの吹奏楽作品が浸透していったのである。無論、ヨーロッパの吹奏楽がそれまで皆無だったわけではない。
 ギャルドの初来日は1961年と比較的早い段階で大きな影響があったし、その頃の吹奏楽コンクール全国大会ではホルストの組曲が演奏され、1973年にはやはり全国大会でシュミット「ディオニソスの祭」が演奏されている。しかし、それらはあくまで もトップクラスの実力を持つバンドの話。一般的な「スクールバンド」のために書かれたヨーロッパの作品が日本へ本格的に紹介されるようになったのは1990年前後くらいからではないだろうか。
 そして今や、ヤン・ヴァンデルローストやフィリップ・スパークといったヨーロッパの作曲家の作品は、どこの地区へ行っても珍しくはなくなっているのである。
「スクールバンド用の作品と言えばハックビーやスウェアリンジェン」という時代が過去の話となる日も近いだろう。

 前置きが長くなったが、今回のTKWOの定期のプログラムは、そうした歴史を踏まえると、まさに時代の転換を示している。「ヨーロピアン・パノラマ」というテーマが「ヨーロッパの吹奏楽」を高らかに謳っているのは一目瞭然だが、更に踏み込んで見てみたい。

 前述のように「スクールバンド向けの作品」も多く書いているヤン・ヴァンデルローストの新作が入っているし、チェザリーニ「ブルー・ホライズン」とフェラン「キリストの受難」は近年に吹奏楽コン クール全国大会で演奏されたことで一気に注目を集めるようになった作品だ。グレッグスンにしても、いわゆる「クラシック(現代音楽)の作曲家」というよりは「吹奏楽の作曲家」という趣きが強い。
 こうしたことからこの演奏会は、少々穿った言い方をすれば前述した「アマチュアバンドへの模範を示す」というプロの責務をアメリカではなくヨーロッパの作品で行ったのだ、ということになる。恐らく、こうした意図が感じられるような「ヨーロッパの作品だけによる定期演奏会」は、TKWOでは初めてだったのではないのだろうか?
 アメリカからヨーロッパへの転換。それが、フレデリック・フェネルが亡くなった直後の定期演奏会で行われた事が、一つの時代の推移として私には感じられたのである。

 ところで、何も「アマチュアバンドへの模範を示す」だけがプロの責務ではないことは明白である。プロの吹奏楽団には様々な責務があり、それら全てに応えるのは非常に負担が掛かることであり、一度の演奏会で同時に幾つもの責務を果たす事は不可能である。だが、今回TKWOは「アマチュアバンドへの模範を示す」責務を遂行すると同時に、一つの果敢なチャレンジを見せてくれた。世界初演となったヤン・ヴァンデルロースト作曲、バス・クラリネットとウィンド・オーケストラのための3つのムード「感傷的3章」である。

 今回のプログラムの作曲者のうち、最も「一般的なスクールバンド」に身近な作曲家は、このヴァンデルローストだろう。その作曲家の新曲が、「バス・クラリネットと吹奏楽のための協奏的作品」だったのは驚きである。バス・クラリネットを終始独奏楽器とする協奏曲は、非常に珍しい。それが吹奏楽との作品となれば、なおさらだ。作品が少ない、ということは、「作曲する上で難しい題材である」という一面がある、とも言える。だからこそ、出来上がった作品に 「吹奏楽の新しい可能性」が散りばめられている結果が期待できる。
 一見「スクールバンド向き作曲家」(決してヴァンデルローストはそのような作品しか書いていない訳ではないが)という印象を受けやすい作曲家から新しい可能性を導いてもらおう、というTKWOの挑戦は、賞賛すべき点だろう。ちなみに TKWOは第77回定期演奏会では笠松泰洋にコントラバスと吹奏楽のための「オケアノスの海」という作品を委嘱しているし、4月30日の郡山公演では松下功の「津軽三味線協奏曲」を演奏することになっている。このようなところからも、TKWOが「珍しい独奏楽器と吹奏楽の関係」から新しい可能性を導きだそうと何度も試みていることが読み取れよう。

 他、今回の演奏曲それぞれについて、ほんの少しだけ触れておきたい。

 グレッグスンの「フェスティーヴォ」はCDで耳にしたことがある人も多いだろう。華かなファンファーレと厳格な形式を同居させた作品で、とかく感情過多になるあまり形式が崩壊していることの多いヨーロッパの作曲家の作品において、一線を画しているように思う。

 チェザリーニの「ブルー・ホライズン」はコンクールなどで演奏される際は、鯨の鳴き声をどのようにして模倣するか、でしばしば話題になる。しかし、本来は楽譜に付随してくる録音された音源を再生することで、この鳴き声は聴かれるように指定されている。この指定を遵守し、なおかつ全曲を通して「あるべき姿」で聴いておくことは、この曲を今後演奏したいと思っている人たちには必須なのではなかろうか。なお、テープで鯨の鳴き声を流す、という手法はアラン・ホヴァネスという作曲家が1970年に「そして神は大いなる鯨を創り賜うた」という作品でも試みているので、このような手法に興味を持った方は聴いてみると面白いだろう。

 前述のヴァンデルローストの「感傷的3章」は、バス・クラリネットの全音域を用いて「歌わせる」作品。独奏のヤン・ギュンスはバス・クラリネットの天才として知られており、その音色の幅広さには定評がある。独奏者の、技巧よりは音色を意識して書いたのではないかと感じられる作品だった。毎年のように来日するヤン・ギュンスだが、主に関西での活動が多いため関東で演奏を聴ける機会は少ない。そうした意味でも、貴重な機会だったと言えるだろう。

 フェランの交響曲第2番「キリストの受難」は、後半をこれ一曲で占めるという大曲。やはり全曲を生で聴ける機会というのは貴重である。曲自体はとにかく「鳴る」という印象が強い、極めて描写的な音楽。フルートの前田綾子氏のソロの美しさは、特筆しておくべきだろう。

 アンコールはバッハ「主よ、人の望みの喜びよ」。フェランの後に組み合わせるにはこれしかない、という選曲。この上なく美しいTKWOの奏でたコラールを聴き、どうしても私の頭からはフェネル追悼の念が離れなかった。

 さて、新しい時代の訪れを感じさせられた今回のTKWOの定期演奏会だったが、別にTKWOは先のことばかりを見ているわけではない。先ほどから何度となく「プロの責務」という語を用いているが、新しい世界へ盲進していくことだけが全てではない。「過去を後世に伝えてゆく」というのも、一つの重要な責務なのである。

 次回のTKWOの定期には、再びアメリカの作曲家が登場する。ウィリアム・ヒルの「セント・アンソニー・ヴァリエーション」は原典版での演奏だと聞いている。まさに「過去の吹奏楽の名曲」を「正しい姿」で伝えようとしているのだ。同時に、そのアメリカの「今」を探るべく、ドナルド・グランサムへ委嘱初演も行われる。また、日本における「過去の吹奏楽の名曲」である大栗裕「大阪俗謡による幻想曲」と、まさに「今」の「日本のアマチュアの模範」となるべく今年の吹奏楽コンクール課題曲である松尾善雄「パクス・ロマーナ」を取り上げ、日本の吹奏楽団としての確固たる土壌を固める。
 その一方で、例によって協奏曲によって新しい可能性を模索するのであるが、それは今をときめく天野正道と外囿祥一郎という二大スターによる「ユーフォニアム協奏曲」である。 そして、アメリカ・日本という二つの地域を踏まえた上で、アダム・ゴーブというイギリスの作曲家の新作も、ここに交えられる。

 日本の吹奏楽は、今まさに過渡期にある。様々な可能性が、我々の前には広がっている。どこへ進むべきなのか。

 東京佼成ウインドオーケストラという名実共に世界を代表するプロフェッショナル吹奏楽団が、私たちをどこへ牽引していってくれるのか、これからも目が離せない。できることなら、更にもっと別の路も示してくれるといいのだが、とは高望みなのだろうか。どうせなら、「吹奏楽のどこか」へ連れて行ってくれるだけではなく、「吹奏楽そのものを」どこか新天地へ連れて行ってくれないものか。東京佼成ウインドオーケストラは、それができる数少ない吹奏楽団なのだから。


■プログラム

フェスティーヴォ:エドワード・グレッグスン
ブルー・ホライズン:フランコ・チェザリーニ
バスクラリネット協奏曲:ヤン・ヴァンデルロースト
(Bass Cla演奏:ヤン・ギュンス)
交響曲第2番「キリストの受難」:フェルレル・フェラン

<アンコール>
主よ、人の望みの喜びよ:バッハ

 

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