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東京トランペットコアー 定期演奏会

 12月1日、ティアラこうとう大ホールで催された「東京トランペットコアー」の定期演奏会を聴いた。会場全体に降りそそぐ美しいサウンドを浴びる、まさに「音楽浴」体験を通じて、「音楽」や「美」について考える貴重な機会を得ることができた。

「東京トランペットコアー」は、1990年結成の大編成のブラスアンサンブルで、トランペット8本、トロンボーン8本、チューバ2本、ティンパニー、パーカッションから成り、トランペットは全てロータリートランペットを使用している。サウンドやスタイルのモデルとなっているのは、ウィーンフィルのメンバーを中心に構成された「ウィーン・トランペットコアー」で、80年もの歴史を持つ伝統あるアンサンブルである。

「東京トランペットコアー」は、これまでに2枚のCDをリリースしているが、そのうち1枚は発売当時に購入し聴いていたが、生の演奏を聴くチャンスに恵まれたのはこれが初めてだった。

 演奏会のオープニングは、Richard Dorn の「荘厳な入場の音楽」。
ティンパニーの弱奏のロールの上に、トロンボーンが先陣をきる形で、いかにもドイツ語圏的な旋律が重なっていく。そしてそれが、ついにトゥッティとなって会場に響いた瞬間、私は「あぁ、なるほど!!」と容易にこのアンサンブルのコンセプト、主張、そして魅力といったものを理解した。
 そのトゥッティサウンドの美しさは、まさに「天上の響」。
 聴衆の耳に強引にねじ込むような音ではなく、会場のどこからこの音がしているのかと探してしまうくらいに全体に降りそそぐような「響き」の集合体が、大変心地よく、また、清々しく届いてくるのだ。

「響き」というものをどう文字で表現して良いのか・・・自らのボキャブラリーの少なさを嘆くばかりだが、おそらくメンバーはこの「響き」を最も大切に考え、実践していてるのではないだろうか。トゥッティの時にはその「響き」が重なり合い、またホールの空間とコラボレートして、2乗、3乗の「効果」をもたらせているように感じた。
 ロータリートランペットの音色自体がその「響き」に重要な役割を果たしているのはもちろんだが、トランペットからトロンボーンにかけての音色が境目なくつながって聴こえるのもこの楽器編成の大きな強みであろう。

 最近の傾向としては、トランペットはトランペットらしく、トロンボーンはトロンボーンらしく、と音色が分化しているように感じるが、ここでは、2つの楽器のアンサンブルというよりも、同じ楽器で広い音域をカバーしているような統一感がある。そこに、低音にさらに「響き」を加えるチューバがはいると、「あぁ、これはなるべくしてなった編成なのだ」と必然性、合理性のようなものを感じてしまうのだ。

 話は戻るが、この美しい「響き」は、おそらくこの楽器編成だけに由来するものではない。大事な要素は、メンバーのすばらしい「バランス感覚」だと思う。長年、オーケストラ等でセクションのサウンドづくりに取り組んできた手練れ、いわば、「アンサンブルの達人」のバランス感覚が、どんな音色で吹けばどう聴こえる・・・どんな音量で吹けばサウンドする・・・どんな音程ならはまる・・・なんていうようなことを、常に周りにアンテナを張りながら調節している事によって生まれてくるのが「天上の響」だ。

 トランペットコアーの手法は、まさに金管楽器による「合唱(Chor)」なのだと思うのだ。もし、美しいハーモニーを奏でる上手な合唱団のなかに、オペラ歌手が一人紛れていたらどうだろう? 彼がいかに国際的に認められた名歌手であったとしても、「あ〜〜〜」と一声歌っただけで全てが台無しになるような・・・そんな状況を想像していただけるだろうか? 究極のチームプレーともいえる「合唱」と「トランペットコアー」はかなり近い。もし、彼らの中に、調子に乗ってしまって、我こそは・・・なんて肩一つ分前に出るようなプレーをしてしまうプレーヤーがいたら〜たとえ彼が自分の譜面を正確に、完璧に演奏していたとしても〜 全てを台無しにできるだろうと思える。

「東京トランペットコアー」のメンバーはそれぞれ第一線で活躍するスタープレーヤーでありながら、同時に「このサウンドに身を資する」というようなプレーもできる「アンサンブルの達人」でもあるのだと思う。

 演奏会の一曲目にして、こんなに長々と主観的なうんちくを書いていたら、この先どうなってしまうのかと我ながら心配にもなるが、実は私にとっては、これが全てで、当日のプログラム全14曲+アンコールの曲目解説などはどうでもよい。なぜなら、全ての曲がこの「天上の響」を余すところなく聴かせてくれるという点で統一されているからだ。どれも、ウィーン・トランペットコアーのために書かれたオリジナル作・編曲作品で、本来門外不出のレパートリーらしい。

 誤解を恐れず、敢えていうなら、一見実に地味で退屈なプログラムだと言えよう。しかし、このプログラムが最後まで聴衆を飽きさせないのは、「天上の響」を大前提にすべての作品が成り立っているからだ。「この美しい響きの中にいつまでも浸っていたい」と思えるから、これらの作品に大きな価値があるといえる。音楽の表現も、大変オーソドックスで自然。逆にいうと、個性的な表現やスーパー・エスプレシーヴォ、予想を裏切るような演出はいっさいなし!余計なものはいっさい排除した、「音」「音楽」の真っ向勝負。
 そういえば、もう10年以上も前、私が学校を卒業したばかり位の頃、トランペット3本、トロンボーン3本の金管6重奏で北ドイツからデンマークにかけて演奏旅行に行ったことがあった。もちろん、日本で練習してから出かけるのだが、その時のプログラムが実に地味で、垢抜けないのを不満に思ったことを思い出した。
 ところが、現地の教会などで本番をすると、これが実にいいのである。勿論、お客さんの反応もとてもよい。盛り上げようなんて、へたな演出をしたものは、翌日の新聞の評も良くは書いてもらえない。天井が高く、よく響く田舎の教会には、町中の人が集まっちゃったんじゃないかというくらいのお客さんで、子供からおじいちゃん、おばあちゃんまであらゆる年齢層の人が来ている。日本では見たことのない光景に驚いたものだ。今になって、やっとわかるなんて本当に恥ずかしい話だが、あのときのおじいちゃん、おばあちゃんたちはきっと、ブラスアンサンブルの演奏会を聴きに来たのではない。美しい音を浴びる、「音楽浴」に来ていたんだ・・・

巷にあふれる音楽は、「音楽」と一言で言っても多種多様。
わくわくさせるエンターテーメントにあふれたショウも「音楽」
深く内向したところから生まれる個性的なエスプレシーヴォも「音楽」
サーカス以上の超絶技巧や、でかい・はやい・つよいのマッチョなプレーも「音楽」

 どれもそれぞれ魅力的で価値があり、どれが正しいとか、正しくないなんて排他的になるようなものではない。

 ただ、大切なのは、それぞれの目指す「美意識」が深く追求されていて、大いなる説得力を持って聴衆に届くことだと思うのだ。そういった意味において、「東京トランペットコアー」の定期演奏会は、私を120パーセント説得する力を持っていたと思う。この夜は、音楽についていろいろと思いを巡らせ、なかなか寝付けなかった。

 彼らは、間もなく3枚目のCDの録音も行なうらしい。CDの発売は勿論楽しみだが、まだ生を聴いていない皆さんは是非一度聴いておいた方がいい。CDを聴いた時によみがえるあの「響き」が、またひと味違って聴こえるかもしれない。

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