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陸上自衛隊中央音楽隊 第60回定例演奏会
レポート
「音楽を伝える」ことの意義と素晴らしさ
陸上自衛隊中央音楽隊といえば、文字通り「地上最強の吹奏楽団」である。その歴史・力量は、いまさら言うまでもない。フォンテックから発売されたCD「王は受け継がれゆく」は、平成12年度の芸術祭優秀賞を受賞している。その第60回定例演奏会が、9月12日(日)、東京・すみだトリフォニーホールで開催されたので行って来た。

会場でまず感じたのは、その観客動員力のすごさ。日曜日の昼間だからでもあろうが、会場は9割以上の埋まり方である。
もちろん、自衛隊ゆえの動員力があり、家族やOBたちも詰め掛けていたであろうが、吹奏楽のコンサートで、これほどの観客が来ているとは。

当日のプログラムは、

【前半】
R.W.スミス『ザ・スター・オブ・ドリームス(夢の星)』
ヴァン・デル・ロースト『プスタ〜4つのロマ舞曲』
伊福部昭『SF交響ファンタジー第1番』(福田滋:編曲)

【後半】
シベリウス『カレリア』組曲(宗形義浩:編曲)
チェン・チアン『吹奏楽のための第2交響曲/雪蓮』(本邦初演)

といったもの。

(1) ついに自衛隊が「ゴジラ音楽」を演奏!!

東宝のゴジラをはじめとする怪獣映画といえば、防衛隊(自衛隊)との、戦いの歴史でもある。

モスラに対して放たれた「電子熱線砲」に始まり、それを改良した、殺人光線「メーサー砲」(サンダ対ガイラ)。そして、究極の光線兵器「アブソリュート・ゼロ」(ゴジラ×メカゴジラ)・・・・。自衛隊は、新たな怪獣を迎えるたびに、新兵器を開発してきたのだ。
そして、それらの戦いを彩ってきたのが、巨匠・伊福部昭による、あまりにも個性的な、数々の音楽である。

当日、前半ラストに演奏された『SF交響ファンタジー第1番』は、その伊福部が書いた多くの怪獣音楽を、作曲者自らが1983年に、3部構成のオーケストラ曲にまとめたもので、そのうちの第1番が、今回、吹奏楽版で演奏された。

編曲は、同隊の福田滋。すでに、この4月、同氏が指揮をつとめる市民バンド「リベラ・ウインド・シンフォニー」で初演されているが、今回は、ついに「対怪獣」の本家本元・陸上自衛隊によって演奏されたのだ。聴く方に力が入るのも無理はない。

演奏は、まさに、眼前で怪獣との死闘が繰り広げられているかのようだった。指揮の志賀亨3等陸佐の棒にも、ひときわパワーが宿っていた。

映画という架空の世界で展開していた音楽を、現実の自衛隊が目の前でナマ演奏している・・・妙に不思議な気分に陥り、かつ感動させられたのであった。

(2) 何とも個性的な、中国の吹奏楽曲!!

当日、ラストに演奏された、チェン・チアンなる現代中国の作曲家によるオリジナル吹奏楽曲「雪蓮」。本邦初演ゆえに、もちろん、初めて聴く曲だったが、実に、個性的な曲だった。

そもそも、今の中国に、吹奏楽曲を書く作曲家がいること自体、浅学な私には、驚きだった。

見たところ、編成は、ほぼ、通常の大編成吹奏楽と同様のようだ。強いて言えば、パーカッションに、中国独特の打楽器が加わっているのと、Ebクラリネットの活躍する部分がたいへん多いことが、特徴だろうか。

曲は、単一楽章構成で、20分弱。極めて自由な構成で書かれており、たとえば、序〜急〜緩〜急〜コーダといった、一般的な構成に慣れている耳には、いささかなじみにくい流れを感じる。しかし、西洋音楽とはまったく違う感性で書かれており、それが実に新鮮だった。曲想も、決して前衛ではなく、分りやすい。たくさんの打楽器が賑やかに鳴り響くのも、いかにも中国らしい。

もしかしたら、今の中国には、このような現代編成の吹奏楽曲を書く作曲家が、けっこういるのではいだろうか。

(3) 感動のアンコール!!

アンコールには、今年がオリンピック年だったことにちなみ、まず、今井光也作曲『東京オリンピック・ファンファーレ』が、フラッグを付けた正式なファンファーレ・トランペット隊によって吹奏された。

奏者の中には、当時19歳ながら、1964年の東京オリンピック開会式でファンファーレを吹奏した奏者が、いまでも1人だけ現役で残っており、しかも、来年早々に定年退職するので、今回のコンサートがラスト・ステージになることが紹介された。当人のトランペットに付いているフラッグは、東京オリンピックで使用された現物だという。遠目にも、赤い日の丸マーク、「1964」の数字が見える。

不覚にも、私は、涙を流してしまった。

1964年、東京オリンピックの年、私は5歳。幼稚園児だった私は、みんなで、日の丸を手に、青梅街道へ、聖火ランナーを見に行ったものだ。何か、とてつもなく素晴らしいことが始まるような気分だった。

あの日、10月10日は、見事な快晴(いま、「体育の日」)。大空に、ジェット機が煙を吐いて、見事な五輪を描いていたのを、いまでも思い出す。私の物心の記憶は、東京オリンピックから始まっているのだ。

その日、国立競技場でファンファーレを吹奏した隊員が、40年後のいま、59歳になって、目の前で、再び、ファンファーレを吹奏している。しかも、ラスト・ステージだという。
つづいて、古関裕而作曲『オリンピック・マーチ』(東京オリンピック開会式入場行進曲)が演奏されるに至って、私の全身は震えだした。

いったい、音楽の魔力とは、どこまで奥深いものなのだろうか。懐かしくて感動しているのではない。「音楽を伝える」ことの素晴らしさに、感動したのだ。

私たちは、いまでも、昔の音楽、たとえばベートーヴェンやバッハを、当たり前のように聴いている。

しかし、それは、絶えることなく演奏しつづけた人たちがいたからこそ、いまでも、聴けるのだ。それが誰だったか、私たちは、知らない。もちろん、フルトヴェングラーとか、リヒターとか、有名な演奏者もいた。しかし、そうではない、名もない演奏者の方が、ずっと多かったはずなのだ。そういった、多くの、名前も忘れられた人たちによって、昔の音楽は、延々と、演奏され、伝えられてきたのだ。そのことを、私たちは、つい、忘れてしまう。

だが、この日は違った。明らかに、伝えようとしている人が、目の前に、いた。しかも、40年の時を超えて。

「地上最強の吹奏楽団」陸上自衛隊中央音楽隊は、見事に、音楽の魔力を体現し、再現してくれたように思う。素晴らしいコンサートだった。私の方が、お礼を言いたい思いだった。

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